吃音症だから諦めた夢は、吃音症がなくても叶えられない夢だったろう

何かをきっかけにそれまで抱いていた夢を諦めるということは、誰にでもあることかもしれません。

かくいう僕は、吃音症になりスムーズに言葉が発せなくなったことで夢を諦めました。また、夢だけではなく、さまざまな進路を諦め、人生の選択肢を狭めてきました。

ですが今振り返ってみると、「吃音症だから…」「言葉が詰まるから…」と諦めた夢は、吃音症の有無に関係なく叶えられない夢だったんだろうと思います。

吃音症を発症する前に抱いていた夢

小さい頃の僕は、社会見学で地方のテレビ局を訪問したことをきっかけに「アナウンサー」という職業に憧れを抱いていました。ただなんとなく「かっこいい」「すごい仕事だ」と思ったのかもしれませんし、好きだった女の子がアナウンサーになりたいといっていたから、自分もなりたいと思ったのかもしれません。

はっきりとした動機は不明ですが、それでも「アナウンサーになりたい」と強く願っていたことだけは覚えています。

吃音症をきっかけに夢を諦めた…

小学五年生の秋、国語の本読みの際に突如として声が出なくなりました。もちろん、それまでもどもることはあったんだろうと思いますが、言葉が詰まるということに不安を、怖さを抱いたのはこの時がはじめてでした。

その瞬間、夢を諦めたわけではないですが、スムーズに話せないことに後ろめたさを感じた小学五年生の僕は、徐々に「アナウンサーになんてなれない…」と思うようになっていきました

それにともない、コミュニケーションがそれほど必要ではない職業に夢を抱くようになりました。

吃音症を言い訳にして諦めたに過ぎない

しかし今思えば、吃音症だから夢を諦めたのは、ただの言い訳だったのだろうと思います。もちろん、吃音症になったことで、少なからず自信を失ってしまったこともたしかですが、それでも吃音症を言い訳にしていたことは事実でしょう。

どんな夢もそうですが、それなりに努力をしなければなりません。それが数百、数千、数万の倍率をくぐり抜け、かつ人前に出るために努力を要するアナウンサーなら想像を絶するでしょう。その努力ができないとどこかで悟ったのでしょう。でも、そんなことを口にすれば、「恥ずかしい…」と子どもながらに感じ取ったのだと思います。

その結果、「吃音症だから…」といってアナウンサーという夢を諦めたんだと思います。

夢や理想の実現に障害の有無は関係ないのだろう

夢や希望を障害や病気を理由に諦めるのは正直辛いです。

ただ一方で、障害や病気を理由に夢や理想を諦めるのは楽なんですよね。それは周りへの体裁もそうですが、自分への精神的な側面でも楽なんですよ。「障害だし(病気だから)しょうがないよね…」といえば、どこかで納得できてしまいますから…。

もちろん、障害や病気で本当に道が絶たれてしまうのも事実です。でも、夢や理想のあり方を変えれば、時代が変わり、技術が進歩すれば、絶たれてしまった夢や理想も叶えられるかもしれないのも、また事実なのではないかと思います。

たとえば、バスケットボール選手になりたかった人が、足を負傷し、車椅子生活を余儀なくされたとしても、今では車椅子バスケという競技があります。義足の陸上選手が、健常者の大会に出場を果たした例もあります。

障害や病気を理由に夢や理想を諦めることはたしかに簡単です。僕自身、吃音症や糖尿病を理由に諦めたことは山ほどありますし、その都度病気や障害を理由することで精神的な安定を保ってきました。

でも、障害や病気があっても夢は叶えられるんじゃないかと思います。

もし、障害や病気を理由に夢や理想を諦めるのであれば、その夢や理想はきっと障害であろうとなかろうと叶えられないものだったんだろうと思います。

さいごに

僕は語った夢を/抱いた理想を叶えられない自分が、周りからの目が怖かったんだろうと思います。

もちろん、夢が叶えられる人なんて山ほどいるし、叶えられないことの方が多いことも知っています。それでも、叶えられない現実を直視することが、幼いながらも怖かったんだろうと思います。

やってもいないことに恐怖し、やる前から諦めていた過去の僕は、やはり肉体的にも精神的にも幼く、未熟で、後ろ向きな少年でした。

今もし、過去の自分から「今のお前はちょっとは成長したのか?夢を持ち、それに向かって努力しているのか?」と問われても、首を縦に振れる自信はありません。今の僕には「これだ!」と胸を張れる夢なんてありませんし、努力をしていたってそれがどこに向かっているのかさえわかりません。

でも今の僕は、障害や病気を言い訳にして何かを諦めることを辞め、何かしら前に進む努力はできていると、自負しています。この点だけは、「成長した!」と誇ってもいいのではないかと思っています。

最後に障害や病気に悩む人にこれだけは伝えたいです。

それは「障害や病気を言い訳にするな」ってことです。

もちろん、言い訳にしたくなる気持ちは痛いほどわかります。でも、障害や病気を言い訳にしたって一歩も前には進めません。昨日の自分より少しでも今日を良くするために、一年前より成長した自分であるために、障害や病気を言い訳にせずに、前を向いて生きて欲しいと強く願ってます。

ABOUTこの記事をかいた人

中村 祐基 (大手電機メーカー勤務)

就労移行支援を経て、大手電機メーカーに障害者として就職。診断名はADHD(注意欠陥多動障害)。吃音症と糖尿病も併せ持ちます。集中力のなさと、物忘れが多い半面、情報処理は異常に速い。言ってはいけないことを言ってしまい怒られることもしばしば。ミルマガジンでは、障害者として就職活動をしたこと、就職している実体験について主に書いています。