「今後の障害者雇用促進制度の在り方に関する研究会」について②難病・精神障がい者の雇用(後編)

前回の続きです。

「手帳失効」という断崖絶壁:企業を救うのは「補助金」か「称賛」か

精神障がい者が症状の改善により手帳を更新せず失効した際、企業への補助的制度を設けるという議論。
これは、現場で頻発している「良くなった途端に雇用率から外れる」というジレンマに対する解として提示されました。

まず大前提として確認しておきたいのは、手帳の失効は本人にとっても、企業にとっても「手放しで喜ぶべきこと」であるという点です。本人にとっては、障がい者という枠組みから外れても自立した生活が送れるまで回復した証であり、企業にとっては、自社の職場環境や配慮の内容が功を奏し、一人の従業員を健康な状態へと導いたという「マネジメントの勝利」を意味します。これ以上の成功事例はありません。

しかし、現行の制度では、この「成功」が法定雇用率の低下という「マイナス」として評価されてしまう現実があります。これでは企業が回復を躊躇しても不思議ではありません。
報告書にある「一定期間の雇用率算定」は、一つの現実的なオプションになると感じます。しかし、私はそれ以上の評価制度が必要だと考えます。例えば、手帳を返上できるまで回復させた職場環境や、適切な待遇面、配慮の提供プロセスそのものを「優良な実績」として高く評価し、雇用率の加算や調整金の優遇といった形で「称賛」する制度です。

「手帳があるから雇う」のではなく、「手帳がいらなくなるまで育てた」企業こそが、真にもにす認定にふさわしい「質の高い雇用」を実現していると言えるのではないでしょうか。

難病患者を「枠」に入れるべきか:新たな「生活困難者」枠の提案

難病患者の雇用率対象化という考え。報告書では慎重な姿勢が維持されましたが、私はこの議論こそが、将来の障がい者雇用のあり方を占う試金石のひとつになると見ています。

現行の制度では、障がい者の定義が「障がい者手帳」という公的な証明が必要となる考え方が大前提ですから、難病患者というだけでは雇用率の対象にはなりません。しかし、難病患者は、手帳の要件は満たさずとも、日常生活や就労において多大な困難を抱えていることは、社会からの配慮が不可欠であるという点から見ても、手帳を持つ障がい者と同じ立場にあると言えます。
これを「制度上の枠組みに合わないから」と切り捨てるのは、あまりに硬直的であると考えます。視点を広げれば、難病患者もまた、障がい者枠での就労、あるいはそれに準ずる手厚い配慮の下での就労が望ましい層であることは明白です。

私は、もはや「障がい者」という狭い定義に固執する時代は終わったと考えています。難病、発達障がいのグレーゾーン、高次脳機能障がいなど、現代社会には「見た目には分かりにくいが、制度の谷間で苦しんでいる人々」が溢れています。国には、障がい者の要件という既存の枠組みにとらわれるのではなく、「生活困難者・社会的に配慮が必要な立場」として、これらを統合的に捉える新たな枠組みを検討してほしい。彼らを一つの「戦力」として労働市場に迎え入れるための新しい「枠」ができれば、企業も迷いなく採用に踏み切れるはずです。それは、障がい者雇用の「質」を、ダイバーシティ&インクルージョンという経営戦略へと進化させる鍵となるでしょう。

職場での「支援」と「福祉」の混同:マネジメントの独立性


ここで改めて強調したいのは、職場は「雇用」の場であり、「福祉」の場ではないということです。
生活支援やメンタルケアといった「福祉」は、専門機関が担うべきプロの領域です。一方で、企業が担うべきは期待される役割を遂行するために必要な「マネジメント」という視点をベースにした「支援」だと思います。

雇用の「質」を間違った捉え方をしてしまい、現場の管理職がカウンセラーの役割まで負わされるようなことがあってはなりません。職場において必要なのは、本人の困難さを正しく理解し、それをどう業務上の「配慮」に落とし込むかというビジネス上の調整です。「重度だから優しくする」「難病だから仕事を減らす」といった情緒的な対応ではなく、本人が持てる力を最大化するために、どの環境を整え、どのテクノロジーを導入するか。といった意識と思考が、福祉と雇用を峻別し、障がい者の自立を促すと考えます。

マネジメントが「制度の不備」を凌駕する

制度は時に、現実の後追いになります。精神障がい者のカウント方法が変わろうと、難病の枠組みがどう動こうと、目の前にいる従業員が抱える困難さは変わりません。
現場の担当者や管理者の皆さんに伝えたいことは、制度の変更に一喜一憂し、数字のパズルに明け暮れるのではなく、現場がやるべきは手帳の有無や病名に関わらず、その人材が「今日、どの業務で利益に貢献できるか」を情熱的に見極めることだと思います。

雇用の「質」とは、国が定める認定マークや補助金の額で決まるものではありません。障がい特性による「できないこと」を環境整備で補い、本人の「できること」を企業の利益へと結びつける
この当たり前の、しかし泥臭いマネジメントの積み重ねこそが、雇用の「質」を企業の成長へと結びつけるプロセスだと思います。

2026年、私たちは「本質」へと向かう


報告書案では、これまでの「量」のパレードから、ようやく「質」という実態へと目を向け始めました。精神障がい者の可変性に向き合い、手帳の失効を共に喜び、難病患者という潜在的な戦力を迎え入れる。これらはすべて、企業が「人を活かす」という経営の根源的な力、すなわちマネジメント能力を試されていることに他なりません。

数字合わせの時代はもう終わります。これからの障がい者雇用は、企業の「本気度」が透けて見える、残酷なほど正直な鏡となります。我々ミルマガジンでは、これからも制度の数字ではなく、現場で汗をかく「人間」を追い続けます。

ABOUTこの記事をかいた人

[障害者雇用コンサルタント]
雇用義務のある企業向けに障害者雇用サポートを提供し、障害者の雇用定着に必要な環境整備・人事向け採用コーディネート・助成金相談、また障害者人材を活かした事業に関するアドバイスを実施。障害者雇用メリットの最大化を提案。その他、船井総研とコラボした勉強会・見学会の開催や助成金講座の講師やコラム執筆など、障害者雇用の普及に精力的に取り組んでいる。

▼アドバイス実施先(一部抜粋)
・opzt株式会社・川崎重工業株式会社・株式会社神戸製鋼所・沢井製薬株式会社・株式会社セイデン・日本開発株式会社・日本電産株式会社・株式会社ティーエルエス・パナソニック株式会社・大阪富士工業株式会社・株式会社船井総合研究所・株式会社リビングプラットフォーム