お話を伺った、マーケティングマネージャーの森﨑和洋(もりさき・かずひろ)さん(左)、カスタマーアドバイザーの村田康剛(むらた・やすたか)さん(右)。中央は電動車いすのF5VSモデル。
スウェーデンは世界最高水準の福祉国家として知られています。そのスウェーデン発祥の車いすメーカー「ペルモビール」日本支社を見学してきました。
障がいのある人の使うものは、障がいのない人と同じ水準に
ペルモビールは、スウェーデンに本社を置き、世界17か国で展開し、従業員数およそ1600人を抱える車いすメーカーです。1967年にスウェーデン人のペル・ユデーン医師が創業しました。
「障がいを持つすべての人々には、彼(彼女)らが必要とするものを、我々が日常生活で使用している機器と同じ技術水準で作られた機器によって、可能な限り補償される権利がある」というユデーン医師の言葉が企業理念になっています。
元々、車いすは高額で、寿命もあり、一般の人が全額自己負担で手に入れられるものではありません。ユデーン医師は1970年代に、当時のターゲ首相に対し、「車いすを必要とする患者のところに多額の自己負担がなくても車いすが行き届くように」と訴えかけました。それを機に、国がこの事業を助成金で支えるようになりました。以後ペルモビールは、スウェーデンの福祉の充実に伴って、成長していきました。2013年以降はスウェーデン最大の投資会社インベスターAB傘下となり、長期的な戦略に基づいた経営を行っています。2018年の売上は約463万ドル(500億円)。
主に電動車いすと手動車いすを製造・販売しています。電動車いす市場においては、スウェーデン国内でのシェアはほぼ100%。スウェーデンでは申請すれば3か月で支給される上、全額公費で購入できます。
製造はスウェーデン本国と米国・ナッシュビルの工場で行っています。アジア向けの製品は中国・上海の組み立て工場で組み立てられて卸されています。
日本支社は2003年に設立されました。日本国内のシェアは小さく、同社製の電動車いす利用者は3000人程度、手動車いす利用者は200人程度。日本支社は、展示会への出展などを通して、日本市場における一層の認知度拡大を目指しています。
また日本とスウェーデンでは福祉制度が異なり、日本では車いすを全額公費で買えることは少なく、ある程度の割合で自己負担が必要になります。ペルモビールは日本の行政に対しても、購入時に公費がより多く出やすくなるためのアピールを行っています。
アドバイザーを務める電動車いす当事者
ペルモビールでは、自身も先天性多発性関節拘縮症(胎児の時に臍の緒が絡まり発見が遅れた為に起きた)により四肢機能障がい(身体障がい1級)を抱え、同社製の電動車いすを利用する村田さんが、社員として活躍しています。
村田さんは小・中学校を普通校で、高校は車いすの受け入れの問題から特別支援学校で過ごしました。その後、3DCGを学べる専門学校に3年間通いました。
就職には介助者の壁が立ちはだかり、結果フリーランスとして活動することになりました。経験が増えるにつれて、3DCGだけでなくWEBデザインやDTPも行うようになり、打ち合わせなど活動の幅も広がりました。
ところが、それに伴い打ち合わせ場所のエレベーターのボタンが高く押すことができなかったり、テーブルの高さが合わなかったりと、障壁にも遭いました。また30代に入り加齢による疲労感も増したため、長時間にわたり電動車いすに乗ることが辛く、時に起き上がることができない日も出てきました。
村田さんは2016年の国際福祉機器展のペルモビールブースで、現在使用している電動車いすのモデルF3に出会いました。村田さんが早速試乗してみたところ、乗り心地が良かったうえに、ティルト(座面と背もたれを倒す調整機能)やリクライニングにより、身体が楽になりました。
村田さんは、「このF3があれば生活の質が上がるだけでなく、できなかったことができるようになる」と確信しました。またデザイン性の高さも気に入りました。
しかしながら、日本支社長の加世田忠二さんからは、「残念ながら現行の補装具費支給制度(補装具とは、障がい者総合支援法に基づいて支給され、障がい者等の失われた身体機能を補完または代替するための、更生用の用具)では、F3を全額公費での支給で認めてもらうのは難しい」と言われました。
村田さんはそれでも諦めず、独学で補装具費支給制度を勉強した上に、申請の過程でその必要性を主張しました。その結果、申請してから約10カ月後に必要性が認められ、支給が決定しました。電動車いすに関して全額公費申請が認められることは珍しいと言われています。これには加世田さんも驚きでした。
村田さんは、この経験に加え、WEBデザインのスキルも買われ、2018年1月にペルモビールに入社することになりました。
F3に乗っていれば、リクライニングやティルト(座面と背もたれを倒す調整機能)といった機能を使うことで休息姿勢が取れます。F3は前輪が大きいのが特徴であり、路線や電車によってはプラットフォーム間を駅員にサポートをお願いすることなく乗降することができます。また振動を吸収する4輪独立サスペンションがあります。こうした機能のおかげで、村田さんは週5日、埼玉県から片道2時間の電車通勤も可能となりました。
また座面昇降リフトを用いることで、オフィスのエレベーターなど届かなかった位置のボタンも独力で押すことや、カウンターテーブルとの高さを合わせて食事を取ることができるようになりました。
村田さんはこのほか、電動車いすにスマートフォンを装着させ、口にペンをくわえてスマホを操作しています。このことも村田さんの生活を大きく変えました。
写真のように、F3の高さ調節機能により、高いテーブルにも届き、ペットボトルの水をストローで飲むことができるようになります。
村田さんは現在、ペルモビールのWEBサイトやカタログなどを制作しているほか、カスタマーアドバイザーとして、1人でも電動車いすを必要としている多くの方々に届けられるように、公費申請でお困りの方にアドバイスを行なっています。
村田さんは、技術により重度障がい者も働けるというロールモデルを示しています。ペルモビール日本支社は従業員数16人と少数ながら、車いす利用者の受け入れ態勢が整っています。社内のエレベーターは車いすでも入れるようになっているほか、車いすでも入れるトイレもあります。そして社員間の自然な助け合いもあります。
多種多様な商品
ペルモビールは、多種多様な車いすやその補助用具を製造・販売しています。
F5VSは、ペルモビール独自開発の革新的なスタンディング機能を備えた車いす。丈夫なシートである上に、座位、寝た状態、立位に至る全ての姿勢を取ることができます。
車いす利用者は、障がいのない人には想像できない様々な身体機能の問題を抱えていることがあります。座った生活が続くことで、内臓機能(肺、膀胱)や骨密度(骨の強さ)の低下など身体へのリスク(骨折、肺炎、膀胱炎など)が高まること。
そこで、F5VSの電動スタンディング機能を使うことで、何度でも自力で立つことが可能となります。このことが身体に様々な効用をもたらすことがわかっています。床ずれ(褥瘡(じょくそう)とも呼ばれ、圧迫によってお尻の皮膚に充分な血液が流れなくなり、その部分に損傷が生じること)も防ぐことができます。
米国ではALS(筋萎縮性側索硬化症)患者の90%がペルモビールの電動車いすを利用していると言われます。ALSは発症してから2~5年で亡くなってしまうこともあると言われますが、F5VSを使うことで寿命を延ばすことまで可能になります。
写真はペルモビールが2019年11月にリリースした、手動車いすに装着する補助用具「スマートドライブ」。
手動車いす利用者は車いすを漕ぐために両腕を酷使することが多く、疲れやすさを抱えたり、両腕に二次障がいを引き起こしたりすることがあります。スマートドライブを手動車いすに装着すると、より軽い力で車いすを漕ぐことができ、坂道も安全に登ることができるなど、負担を軽くできる、というメリットがあります。重さは6キロ。日本国内の大半の手動車いすに装着することができます。スマートドライブの制御は、付属品の腕時計の形をした「スマートウォッチ」で行うことができます。
ペルモビールは車いすのデザイン性も重視しています。利用者自身が様々な色のラインナップから部品の色を選べるようになっています。
技術力で日本の障害者雇用にインパクトを
車いすの機能の進化は、利用者に様々なメリットをもたらします。負担が軽減されて疲れやすさが緩和され、これまで週4日しか働けなかった人が、週5日働けるようになることもあります。
また、介助者にとってもメリットがあります。寝たきりの要介護者を寝かせたり起こしたりするのは大変な重労働です。それを車いすの調整機能によって補える可能性があります。
さらに近年、様々な分野でIoT(モノのインターネット)の導入が進んでいます。「電動車いすとスマホ」「手動車いすとスマートウォッチ」などという組み合わせから、車いすにもIoTを導入すれば、緊急時の対応がよりスムーズになる可能性が示唆されています。
障がいは障がい者本人ではなく、本人と社会の間にあると言われます。街や建物には車いすに対する様々な物理的バリアがあります。それらが取り除かれ、車いすでも利用できるようにしていかなければなりません。しかしながら、全ての物理的バリアを取り除くのは現実的ではないでしょう。
ペルモビールは、技術の力で本人と社会の間にある問題を解決し、ノーマライゼーションを実現していきます。その挑戦は、日本の障害者雇用に対しても大きなインパクトを与えていくでしょう。
日本人のペルモビール製車いす利用者には、パラカヌーで東京パラリンピックを目指す瀬立モニカ選手(TiLITE/TRユーザー)、一般社団法人「WITH ALS」でコミュニケーション・クリエイターを名乗ってALSの啓発活動をする武藤将胤(むとう・まさたね)さん(F5VSユーザー)、保険会社で働きながら車いすダンサーとして活躍する吉次まりさん、世界一周旅行を成し遂げた車いすトラベラーの三代達也さん(TiLITE/TRユーザー)などがいます。
ペルモビールは、単に車いすを売っているのではなく、「車いすでこんなことまでできる!」という希望を提供しているビジネスと言えるでしょう。
ペルモビール株式会社
事業内容:電動・手動車いす、座位保持装置の輸入・販売およびサービス
法人設立:2003年9月1日
代表者名:Bruce Boulanger
所在地:東京都江東区森下2-7-6
営業時間 10:00~17:00(平日12:00~13:00・土・日・祝日・休業日を除く)
URL:https://permobilkk.jp/