「障がい者は企業に価値」障がいインクルージョンの世界的ムーブメントThe Valuable 500

障がい者雇用の定着、障がい者に合った製品やサービスの提供、アクセシビリティの向上は、企業に価値をもたらします。

2019年1月、世界経済フォーラムで初めて「障がい」がテーマとして取り上げられました。この時、ビジネスリーダーに対し、障がいインクルージョンをトップダウンで進めることを呼び掛けた視覚障がい女性がいました。アイルランド人の社会起業家キャロライン・ケイシー氏です。

ケイシー氏は、「The Valuable 500(バリュアブル・ファイブハンドレッド)」という運動を2019年のダボス会議で立ち上げました。

筆者も2019年8月20日のコラムでそのことを書きました。

世界経済フォーラムで発表された、障がい者雇用がもたらす利益を数値化したアクセンチュアのリポート

2019.08.20
グローバル企業のうち、ダイバーシティ(多様性)に注目していたのは90%だったが、障がい者に注目していたのは4%(Return on Disability)でした。

世界の障がい者人口は約10億人(World Bank)、障がい者と家族・友人による購買力の総額は約8兆ドル(Return on Disability)と推計されているが、この市場を取り逃している企業が実に多いです。また多くの障がい者が、ビジネス、経済、社会で、自身の価値を発揮できない状態にあります。

これを変えていくには、ビジネスの世界が、障がい者のもたらす価値に気付き、障がいについて議論されるようになるべきだ、そのためにはまず世界に影響力のある500社のリーダーのコミットメントが必要だ、とケイシー氏は考えました。

ケイシー氏の熱心なプレゼンテーションが功を奏し、The Valuable 500は英国の著名実業家リチャード・ブランソン氏、オムニコムのジャネット・リッシオ(Janet Riccio)執行副社長(2019年8月逝去)、元ユニリーバCEOで著名実業家のポール・ポールマン氏らの後援を得ました。

創始者キャロライン・ケイシー氏のユニークな経歴


リンクトインプロフィールより

ケイシー氏は1971年にアイルランドの首都ダブリンで生まれ、遺伝性眼白子症による強度視野狭窄があります。ケイシー氏の両親は本人の幼少期には視覚障がいを告知せず、「ラベルを貼らない。限界を定めない。信じるは自分の能力と可能性」という考えから、ケイシー氏を特別支援学校ではなく普通学校に通わせました。チャレンジ精神あふれる女性に育ったケイシー氏ですが、17歳の誕生日に「車の運転がしたい」と言うと、両親と医師から初めて視覚障がいがあること、それゆえ車の運転は叶わぬことだということを知らされました。

ケイシー氏は複数の職を経てダブリンのビジネススクールに通い、世界的コンサルティング会社アクセンチュアでコンサルタントになりました。しかし仕事では成功したものの、激務で心身を消耗してしまいます。当時ケイシー氏は上司や同僚に視覚障がいを伝えられませんでした。できないことを認めたくないという強烈な意識もありました。しかし障がいを隠して働き続けるのは困難なのが現実です。ケイシー氏は最後には上司に「すみません、目が見えないので助けが必要です」と伝えました。

気が付けば、競争に勝つことにこそ価値がある、という考えに取りつかれていたケイシー氏は、医師に「昔は何になりたかったのかな? 今の仕事は楽しいかな? しがみつくのはやめて別のことをする時ではないかな」と問いかけられました。ケイシー氏は子供の頃、小説「ジャングルブック」に登場する、インドのジャングルで狼に育てられた少年モーグリに憧れ、自由に冒険をすることが夢でした。そこで、2年勤めたアクセンチュアを辞め、インドを象に乗って旅するというアイデアを思い立ちました。28歳の時でした。

ケイシー氏は現地語も象に乗る方法も知らない状態でしたが、2000年にインドを訪れ、西欧女性で初めての象使いとなり、1000キロの道の単独旅行をしました。またこの期間に約6000人分の白内障患者の治療のためのファンドレイジングも行い、約25万ユーロを集めました。この旅の模様はナショナルジオグラフィックのドキュメンタリー“Elephant Vision”になりました。

ケイシー氏はこの経験を経て社会起業家の道を歩み始めました。2000年に非営利団体「カンチ(Kanchi)」を立ち上げ、障がい者の雇用機会を増やすために企業と協働してきました。2015年にはもう一つの団体「ビンク(Binc)」を立ち上げ、ビジネスでの障がいインクルージョンの国際運動を進めてきました。

ケイシー氏のTEDトーク「限界の向こう側」(2011年4月公開)は230万回以上再生されました。

そして現在、The Valuable 500を展開しています。The Valuable 500は欧米系企業を中心に広がりました。ケイシー氏の古巣アクセンチュアも参加し、ケイシー氏は2019年のダボス会議で同社のジュリー・スウィートCEOらと障がいインクルージョンを議論しました。(動画

また英自動車ジャガー・ランドローバーも参加し、この時にはケイシー氏は同じく視覚障がいのある妹ヒラリー氏とともに、同社製車両で悲願だった車の運転の夢を叶えました。(動画

ケイシー氏はダボス会議のほか、フィナンシャルタイムズやBBC(The Valuable 500参加企業)やブルームバーグ(同参加企業)など様々なグローバルメディアに出たり、国連やILO(国際労働機関)でスピーチしたりするなどして、参加を呼び掛けています。

2020年1月のダボス会議ではThe Valuable 500の進捗状況が発表されました。参加企業は約240社。当初の期限は2019年末でしたが、2020年9月15日に延長されました。最終結果は9月の国連総会で発表予定です。

日本企業にも参加を呼び掛け

プレゼンするケイシー氏。背景にはThe Valuable 500の参加企業のロゴ

ケイシー氏は2020年2月に初来日し、2月6日に京王プラザホテル(東京都新宿区)で開かれた日本財団主催の公開セミナー「Disability and Business〜インクルージョンが企業価値を高める〜」で、日本企業のThe Valuable 500参加を呼び掛けました。
「日本は高齢化社会に向かっています。人は高齢になれば何らかの障がいが現れます。障がいはあらゆる人が経験するのです」と述べました。1月28日現在で参加した日本企業は15社。ケイシー氏はこれを「45社にしたい」と述べました。

中村氏によるプレゼン「障がいインクルージョンの意義に関する調査結果の報告」

同じセミナーで、アクセンチュアの中村健太郎マネージング・ディレクターは、「障がい者のインクルージョンが企業にもたらす価値には、社会課題の解決に加えて、事業への貢献があります。つまり、事業価値の創造、株価の向上、マーケティングへの貢献をもたらします」と述べました。そのうえ、「障がい平等チャンピオン企業は競合に比べ、収益が28%、営業利益が2倍、収益性が30%それぞれ高くなっています」と強調しました。詳しくはアクセンチュアのチャド・ジェーディー(Chad Jerdee)ジェネラル・カウンシル兼チーフ・コンプライアンス・オフィサー(CCO)が世界経済フォーラムに寄稿した「障がいを持つ人びとの雇用で企業が得るものとは」で述べられています。(2019年8月のコラム「世界経済フォーラムで発表された、障がい者雇用がもたらす利益を数値化したアクセンチュアのリポート」で取り上げたレポートの公式の全訳が出ていたことが今年2月にわかりましたのでリンクします)

世界経済フォーラムで発表された、障がい者雇用がもたらす利益を数値化したアクセンチュアのリポート

2019.08.20

中村氏は、同社日本法人において発達障がい者などを雇用するサテライトオフィスの取り組みも紹介しました。
筆者も2019年7月のコラムでそのことを書きましたが、この日のプレゼンからは発達障がい者にとって成長と貢献が充足するような仕組みが非常に細かく作りこまれていることがわかりました。オープン後、充実して働く当事者の声も伝わってきています。(詳しくは同社ブログでも説明されています)

よりインクルーシブな能力主義へ、外資コンサル×就労支援事業所のサテライトオフィスの挑戦

2019.07.11
この他、いずれもThe Valuable 500参加企業である、ソフトバンクと京王プラザホテル(今回の会場)の取り組みのプレゼンテーションも行われました。

ソフトバンクのショートタイムワーク制度。(詳しくは同社サイトでも説明されています)

プレゼン、ソフトバンクのショートタイムワーク制度

京王プラザホテルのユニバーサルサービス。(詳しくは同社サイトでも説明されています)

プレゼン、京王プラザホテルの盲導犬啓発ポスター

この時にはケイシー氏も視覚障がい者向けのユニバーサルサービス(盲導犬啓発ポスターなど)に注視していました。ケイシー氏はユニバーサルサービスで「最も大切なのは人によるサービス」と語りました。

ケイシー氏、中村氏によるトークセッション。モデレーターはミライロの岸田奈美氏。
中村氏は、「トップが障がい者を雇用する意味を考えてコミットメントし、そのことをミドル層に浸透させること、(採用した本人を)現状の環境で放っておくのではなく、インクルージョン&ダイバーシティの経営課題として取り組むことが大切だと感じます。アクセンチュアがThe Valuable 500に入ったのは良いことでした」と述べました。
アクセンチュアサテライトの取り組みを見て、岸田氏がケイシー氏に「最初から完璧な受け入れ環境を整えなければいけないと考えるよりも、『やるんだ』という意思が大切ではないでしょうか」と問うと、ケイシー氏は、「完璧な企業はありません。完璧な人間はいません」と述べました。

トークセッション左から中村氏、ケイシー氏、岸田氏

ケイシー氏がダボス会議でスウィートCEOとディスカッションしたり、このセミナーで中村氏とディスカッションしたように、アクセンチュアという会社はアルムナイ・ネットワークという退職者のネットワークが日本含む世界各地で出来上がっていて、退職者の同窓会があったり、その同窓会に同社役員が参加したり、同社が退職者の新たな事業での活躍を応援したり、また退職者が元の会社に出戻りしたり、というカルチャーがあります。
個人的には、様々な理由で辞めた社員が元の会社と公的に交流するようなケースが日本でも増えたらいいな、と思いました。辞めた社員の意見に、元の会社が良くなるヒントが見えることもあるでしょう。

ケイシー氏は、「パラリンピックは企業の障がいインクルージョンを進めるうえでとても良い機会です」と述べました。
日本には、オリンピック・パラリンピックに備えるだけでなく、オリパラ後まで見据えた社会づくりが求められています。日本企業がThe Valuable 500に参加する意義は大きいでしょう。

The Valuable 500に参加するには

The Valuable 500 Charter

以下のアクションにコミットする文書“The Valuable 500 Charter”に代表者(CEO)が2020年9月15日までに署名する。(2019年末で初回の募集を締め切りましたが、延長が決まりました。)

  1. 取締役会等の役員レベルの会議(board meeting)において障がい者のインクルージョンに触れる
  2. 障がいインクルージョンに関するアクションを一つ実施する
  3. 上記アクションについて社内外に向けて発信する
  • 2020年内に上記アクションを実施することが条件ではなく、これらのアクションを実施することにコミットすることが条件。
  • 取り組みを既に実施している企業のみならず、これから開始する企業も参加可能。目覚ましい取り組みをしている企業を称えると同時に、これから取り組みを強化しようという意思のある企業を応援するもの。(企業規模は従業員1000人以上。)

<参加プロセス>

1 関心表明
・企業内の担当者(The Valuable 500本部とのやり取りの窓口となる方)から、The Valuable 500担当者へ連絡し、関心があることを伝える(以下のフォームを使用)
http://www.thevaluable500.com/#sign-up
2 CEOによる署名
The Valuable 500 CharterにCEOが署名する
3 The Valuable 500担当者への情報提供
・以下の3点を提出
-CEOが提出済みのThe Valuable 500 Charterのスキャンデータ
-The Valuable 500のウェブサイト掲載用の企業ロゴ(カラー及び白黒)
-コミットするアクションに関する文書(The Valuable 500のウェブサイトに企業ロゴと共に掲載)
4 広報
・プレスリリース配信やウェブサイトやSNSを通じた発信などを通じて、The Valuable 500に参加したことを社内外に発信する

■ビジネスにおける障がい者のインクルージョンに関する資料へのアクセス
The Valuable 500企業だけがアクセスできる“Executive Resource Hub”をオンライン上に開設し、障がいインクルージョンに関するケーススタディや好事例、報告書等を掲載します。

■2020年9月開催の第75回国連総会における発表
国連総会においてThe Valuable 500参加企業を発表することを予定しており、御社の名前が報告書に盛り込まれます。

■参加企業
2020年1月23日時点で、242社が参加。各社のコミットメントの内容は以下を参照:https://www.thevaluable500.com/the-valuable-500/

<1月28日時点で署名済みの日本企業>
あいおいニッセイ同和損害保険株式会社
全日本空輸株式会社
大和ハウス工業株式会社
富士通株式会社
日本航空株式会社
花王株式会社
株式会社京王プラザホテル
KNT-CTホールディングス
丸井グループ
三井化学株式会社
日本電気株式会社
日本電信電話株式会社
ソフトバンク株式会社
ソニー株式会社
TOTO株式会社

■その他
・The Valuable 500に参加することによる経費は発生しません。
・メンバーシップの更新、報告書の提出等の義務もありません。
・参加企業はウェブサイト等でThe Valuable 500のロゴをご使用いただけます。
・参加お申し込みは、The Valuable 500のウェブサイトから直接可能ですが、やり取りは全て英語となります。日本語によるサポートを希望される方は、以下の担当者にご連絡ください。(日本企業の参加を推進する日本財団の事業の一環であり経費は発生しません。)
株式会社ミライロ 合澤栄美 emi.aizawa@mirairo.co.jp 03-6712-6312

(以上、会場配布資料より)

ABOUTこの記事をかいた人

長谷 ゆう

神戸市生まれ、都内在住。翻訳者・ライター。大学在学中に広汎性発達障がいの診断を受ける。発達障がいにより人間関係に困難さを抱えた経験を経て、ダイバーシティ&インクルージョンの進んだ外資系企業で新たな経験をする。障がい者が活躍できる社会を願い、当事者・社会双方に向けたメッセージを発信したり、相互理解とつながりを広める活動を行う。

NPO法人「施無畏」で、障がいのある女性向けフリーペーパー「ココライフ女子部」の制作や、障がい者に関する調査に関わる。ミルマガジンでは海外の障がい者雇用事情をリサーチ・翻訳・分析した記事を執筆する。

ブログ「艶やかに派手やかに」
https://ameblo.jp/adeyakani-hadeyakani
LinkedIn(Yuko Hasegawa)
https://www.linkedin.com/in/yuko-hasegawa-558784142/

▼執筆メディア
障がい・難病の女性向け季刊フリーペーパー「CoCo-Life☆女子部」
https://www.co-co.ne.jp/?page_id=1145
障がい者調査シンクタンク「CoCo-Life調査部」
https://research.co-co.ne.jp/


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