米国IT企業から世界に広がるニューロダイバーシティ、日本の障がい者雇用の新たな切り札となるか

欧米メディアで、自閉症などの発達障がい者を高スキルのAI人材やITエンジニアとして活用する企業が増えてきているというニュースを目にすることが出てきました。そうしたニュースでは、”neurodiversity”(ニューロダイバーシティ)という語が出てきます。

「AIめぐる人材争奪戦、自閉症者に熱い視線」(ウォール・ストリート・ジャーナル)

「自閉症を「IT戦力」に、米就労支援の最前線」(ロイター)

「ニューロダイバーシティ;「脳の多様性」が競争力を生む」(ハーバード・ビジネス・レビュー)

発達障がいは「違い」のひとつ

ニューロダイバーシティとは、「神経の」を意味するneuroと「多様性」を意味するdiversityを合わせた新語です。ニューロダイバーシティの考え方は、発達障がいのカテゴリーである自閉症、ADHD、統合運動障害、失語症、計算障害、読字障害などをマイナスではなく「違い」のひとつとして見ています。あくまでも脳神経の状況が違うので、治療する必要はなく、周囲による少しの支援、協力、理解があれば、能力が開花される、と考えるのです。

しかし、米国では1990年にADA法(障がいをもつアメリカ人法)により障がいの社会モデル(障がいは個人ではなく社会にあるという思想)が確立され、障がい児者の教育環境が向上したにも関わらず、ドレクセル大学の研究者が行った2015年の研究によると、高校で特別支援教育を受けた自閉症者の約42%は卒業から半年間失業状態だったそうです。また不完全雇用(著しく能力以下の仕事に就いている)も少なくなく、数学の修士号を持つにも関わらず事情があってスーパーの駐車場でカート回収の仕事をしていたといったケースも珍しくありません。

一方で、シリコンバレーのエンジニアに自閉傾向を持つ人材がいることがささやかれてきました。IT大手マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏、IT関連メーカーのアップル創業者のスティーブ・ジョブズ氏が有名です。

が、これからは成功を当事者のマンパワー次第にするではなく、組織的な取り組みで当事者を取り込むことで成功を支援しようという流れになってきたのです。

自閉症の労働者は、極めて高い集中力と分析的思考能力、並外れたIT能力を備えていることが多いと採用企業の複数の幹部が話している。彼らはAI開発に伴う反復作業(コンピュータービジョン用の写真・動画のラベリングなど)に長時間取り組んだり、論理的推論やパターン認識の高い能力を生かしてAIモデルの体系的な開発やテストに取り組んだりしているという。(ウォール・ストリート・ジャーナル)

米国ではAIやデータサイエンスの人材不足が深刻です。IT業界団体CompTIAによると、米国IT業界の2019年5月の失業率は1.3%と20年ぶりの低水準となっています。またトランプ政権の移民規制の影響で、米国のIT企業がこれまで得意としてきた外国人の高スキルエンジニア獲得に支障が出ています。そうしたなか、国内の埋もれた人材に一層の注目が集まっています。

2024年までに110万件のコンピューター関連の求人が出ると見込まれているが、米国の卒業率はそのニーズに追いつかない、とデルで退役軍人や障がい者の採用を担当するルー・キャンディエロ氏は指摘する。「有能な人材を集めるためには、考え方を改める必要がある」(ロイター)

マイクロソフト他大手企業が続々導入

自閉傾向とささやかれてきたビル・ゲイツ氏が創業したマイクロソフトは、ニューロダイバーシティの先陣を切り、2018年6月までに56人を雇用しました(フォーブス)。IBM、HPE(ヒューレット・パッカード・エンタープライズ)、デル・テクノロジーズ、SAPも実践し実績を上げています。さらにIT業界にとどまらず、国際会計事務所EY(アーンスト・アンド・ヤング)も2019年8月までに約80人雇用しているほか、P&Gやフォード・モーターのようなメーカー、JPモルガン、クレディ・スイス、ゴールドマン・サックスのような金融機関も導入しています。2019年8月までの実施企業は40~50社と推定されています。

企業はニューロダイバーシティ人材を活用するうえで、既存の選考や人事システムでは無理があることにも気付きました。そこで、外部の自閉症に詳しい専門家の意見を取り入れ、独自のインターンシップ・プログラムを作りました
それは一般的な面接で採用を決めるのではなく、代わりに数週間のインターンシップで能力評価を行います。そもそも面接のルールは、「自分の話ばかりしない」「(特に米国では顕著ですが)相手の目を見て話す」、これらは多くの発達障がい者の苦手とするところです。しかしプログラミング実習など実際に働くシミュレーションをすると彼らが働けることがわかります。また企業によっては、採用者には大卒者だけでなく高卒者も含まれていました。
採用後も、外部ジョブコーチによる定着支援や、働きやすい環境整備に力を入れています。

ニューロダイバーシティ人材は、生産性、品質、革新性の向上など、企業に多種多様なメリットを生み始めていることが証明されています。
ハーバード・ビジネス・レビューの論文によると、HPEはこの取り組みにより、ニューロダイバーシティ人材がいるテスターチームを構成しました。その結果、テスターチームの生産性が他のチームより30%も高い結果が出たのです。
ウォール・ストリート・ジャーナルの記事によると、EYの14人のチーム(うち8人が自閉症スペクトラム)は2018年、同社のコンサルティング契約を自動で組成するアルゴリズムを開発しました。それは月間2000件の契約を組成し、同社は年間労働時間を約50万時間節約しています。このチームは顧客の税控除の可能性を特定するニューラルネットワークも構築。5年分のメモや電子メールなどの書類をわずか12分で処理できるといいます。

そしてニューロダイバーシティ人材の給与水準は、一般採用の社員と同じ水準というのも心強いです。現在、米国において新卒者の収入が最も高い職業はデータサイエンティストで、年間基本給の中央値は9万5000ドル(約1040万円)。次にソフトウェアエンジニアで、年間基本給の中央値は9万ドルです(ブルームバーグ)。

ニューロダイバーシティは日本でも始まる

ニューロダイバーシティで実績を上げたグローバル企業は、それを世界各国の支社にも拡大しています。やがては日本にも上陸するでしょう。

日本でも発達障がい者の多くが、周囲の間違った思い込みや理解不足により、働く能力があるにも関わらずそうでないとされ、埋もれた人材となっています。このなかには、高学歴でプログラミングや論理的思考力や語学力に優れた人材もいます。
また日本は、これからの社会を牽引していくAIやデータサイエンスの人材不足が米国以上に深刻で、この分野で世界に遅れをとっている、と政府も企業も危機感を持っています。内閣府の総合科学技術・イノベーション会議の資料によると、2020年には先端IT人材が約5万人、一般IT人材が約30万人それぞれ不足するといいます。一方で、大学新卒者は近年約56万人(平成30年文科省学校調査)で推移していますが、就活支援サービス「マイナビ2020」の学生を対象にした2019年4月の調査によると、AI人材やエンジニアの志望者はきわめて少数派で、データサイエンティスト志望者は3%でした(ITメディア)。

障がい者の雇用義務が厳しくなり、身体・知的障がい者はある程度就労が進み新たな採用は難しくなりました。それでも法定雇用率を達成している企業は45.9%にとどまり、特に情報・通信業になるとその割合は25.4%にまで下がります(厚労省による平成30年の障がい者雇用状況の集計結果)。
2020年度末には法定雇用率が2.2%から2.3%に引き上げが決まっています。発達障がい者の雇用は待ったなしの状況です。

いま求職活動している発達障がい者の多くは、国の認可した就労訓練を行う福祉事業所「就労移行支援事業所」(厚労省の資料によると平成29年3月現在、全国で約3300か所、利用者数約3万2000人)などの支援機関を勧められ、利用しています。
この就労移行支援事業所は、情報や人材の宝庫です。支援員は障がい者のプロであるだけでなく企業のニーズも理解した支援を行うことができます。企業も、支援機関がついていれば障がい者を安心して採用できること、支援機関の意見を聞いてコツを抑えれば戦力化はそこまで難しくないことを理解するようになってきています。

就労移行支援事業所との連携があれば、日本でもニューロダイバーシティが進むでしょう。
まだ少ないですが、高スキル人材育成を目指す就労移行支援事業所も現れています。

業界支持ナンバー1、2を争う事業所。クリエイティブコースというウェブ・IT・デザイン系の就職コースがあります。

AIのスペシャリスト集団を目指して学習する「チームシャイニー」というグループがあります。

IT、WEB、RPAのスキルの習得に熱心で、ソフトバンクグループとの関連が深く関連企業への就職実績も出しています。

障がい者就労支援で実績豊富なゼネラルパートナーズが母体。デジタルハリウッド大学と連携したIT・WEBスキル講座があります。

プログラミング・デザインに特化し、ギフテッドと呼ばれる特定領域において顕著に平均よりも能力が高い人材の発掘と育成を目指しています。

企業でニューロダイバーシティ・プログラムが始まれば、こうした事業所が採用ルートとなってくれるのではないでしょうか。

障がい者枠は、一般枠と比べて給与水準が低く仕事内容がいつまでも補助的なものが目立ち、こうした就労は意欲の高い障がい者にとってはモチベーション維持が難しくなっています。また外注化や事務職の自動化(AI、RPA)により、障がい者への業務切り出しは限界にきています。
一方で、意欲の高い障がい者を、一般枠と同じ給与水準で雇いたいという企業もあります。しかし、障がい者の雇用ノウハウがないことや、元々業種のイメージが敷居高いことなどから障がい者が二の足を踏んだり家族が難色を示しがちになっているなど、採用に苦労しているといった話もあります。
ニューロダイバーシティには、そうした現状も打開していく可能性があります。
これまでの障がい者雇用の多くに見られたような、「大きな期待はせず、企業も障がい者もお互い妥協しましょう」という時代は終わりにきているのではないでしょうか。

ニューロダイバーシティは、障がい者の職域開拓や雇用率達成、イノベーションの切り札となるでしょうか。

ABOUTこの記事をかいた人

長谷 ゆう

神戸市生まれ、都内在住。翻訳者・ライター。大学在学中に広汎性発達障がいの診断を受ける。発達障がいにより人間関係に困難さを抱えた経験を経て、ダイバーシティ&インクルージョンの進んだ外資系企業で新たな経験をする。障がい者が活躍できる社会を願い、当事者・社会双方に向けたメッセージを発信したり、相互理解とつながりを広める活動を行う。

NPO法人「施無畏」で、障がいのある女性向けフリーペーパー「ココライフ女子部」の制作や、障がい者に関する調査に関わる。ミルマガジンでは海外の障がい者雇用事情をリサーチ・翻訳・分析した記事を執筆する。

ブログ「艶やかに派手やかに」
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LinkedIn(Yuko Hasegawa)
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▼執筆メディア
障がい・難病の女性向け季刊フリーペーパー「CoCo-Life☆女子部」
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障がい者調査シンクタンク「CoCo-Life調査部」
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