新型肺炎の感染者の増加を受けた対策として、企業が在宅勤務に切り替えていることが連日のように報じられています。テレワークがこれほど注目されることはこれまでにありませんでした。
そうしたなか、障がい者のテレワークも認知され始めました。
重度障がい者が受付ロボットを遠隔操作
従業員約20万人にテレワーク推奨中のNTTが、2月20日から東京都千代田区の本社14階受付に、遠隔にいる人とコミュニケーションを取れる分身ロボット「OriHime-D」を試験的に設置したことを、日本経済新聞、日経ビジネスオンラインが報じました。
報道によると、パイロットと呼ばれるロボットの操縦者が、遠隔地の自宅などからOriHime-Dを遠隔操作し、来客を会議室まで誘導したり、待ち時間に会話したりします。重度障がい者2人で、平日13~16時の時間帯でシフトを組み、自宅からパソコンなどを通してOriHime-Dを操縦します。
NTTの池田円ダイバーシティ推進室長は、「分身ロボットが受付を人の代わりにできるのかを確認したい」と述べました。NTTは3月31日まで試験的に設置し、本格導入するかを検討します。
対面で行うものとされてきた受付業務も、分身ロボットを活用すれば、テレワークでの仕事にできる可能性が示されています。
OriHime開発者のオリィ研究所代表・吉藤オリィこと吉藤健太朗氏は、自身もひきこもりになったことがあり、それでも社会に出てコミュニケーションを取ろうとした、という経験から分身ロボットを開発したことを、様々なメディアのインタビューで語っています。
オリィ研究所が最初に開発したのは、離れた人とコミュニケーションが取れる20センチの分身ロボット「OriHime」で、テレワークや会議の参加を可能にしました。オリィ研究所はその後、テレワークや会議だけでなく、接客や物を運ぶなど身体動作を伴う業務も可能にする全長120センチの分身ロボット「OriHime-D」も開発しました。
現在、OriHimeは約80社に約500台が導入されており、障がい者に限らず、テレワークや会議での利用、本社と支社を結ぶ手段、といったコミュニケーションツールとしても使われています。ウェブサイトからレンタルの申し込みができます。(申し込みサイト)オリィ研究所は、テレワークに注力するほか企業に向けて、臨時のテレワーク施策にも対応できるよう、自社商品OriHimeの最低契約月数制限を撤廃し、単月利用から可能とする「テレワーク開始支援キャンペーン」を始めました。(2月21日~3月31日契約分)
OriHimeの他にも、通勤が難しいが働く意欲やスキルのある障がい者を雇用する動きがあります。
テレワーク需要を商機に
障害者雇用支援会社D&I(東京都千代田区)は、2018年7月に在宅雇用支援クラウドサービス「エンカク」を事業化し、これまでに企業100社以上で障がい者250名以上のテレワークでの雇用・定着・戦力化を実現しました。同社によると、1か月での導入・採用が可能で、企業の受け入れ態勢づくりや管理の負担も少ないそうです。また障がい者にテレワークを希望する人は非常に多いそうです。
D&Iは、新型コロナウイルス拡大により在宅勤務・テレワークを推奨する企業が増えている状況を鑑み、また感染症拡大防止の観点から、「エンカククラウド」を障がい者を雇用する企業向けに無償提供することを始めました。キャンペーン期間は2020年3月11日~4月30日で、申し込み期限は3月31日。 対象となるのは1社につき障がいのある従業員20人まで。(キャンペーン申し込み)
ビルメンテナンスの高砂丸誠エンジニアリングサービスは、エンカクのテレワークで2人の障がい者を雇用。そのうちの1人は、半身麻痺の障がいにより通勤は難しいが、前職の大手企業で管理職や海外勤務の経験もあり、ビジネススキルが高い人材。同社人事担当者によると、「細かい部分にも気が付き、積極的に提案もしてくれるので、助かっている」そう。
テレワーク社員の日々の業務のフォローをする専任社員がいるが、その社員が体調を崩したときにはテレワーク社員の方からその社員を心配する様子も見受けられ、在宅勤務でも社員同士の血の通ったコミュニケーションが日常的に取れており、「部署の一員としての存在感がある」そうです。
法律ポータルサイト運営の弁護士ドットコムも、エンカクのテレワークで2人の障がい者を雇用。2人は同社人事担当者の期待以上に戦力になりました。そこで人事担当者が気付いたのは、「障がい者にできる仕事は本来もっとあるのに、組織の中で業務の集約と配分が上手くいっていないのではないか」ということでした。人事担当者は、「人材の最適配置と業務の再分配を、障がい者を含めて行うことで、個々人の特性や強みに応じた業務を任せられれば、組織全体の生産性が向上していくと思う」と述べました。
D&Iは、石川県加賀市、福井県鯖江市、山口県岩国市と、テレワークにおける連携協定を締結しました。これは、同社のテレワーク雇用導入ノウハウを活用し、締結自治体在住の障がい者を、首都圏企業および締結自治体の地場企業でテレワーク雇用することを推進していくもの。地方での需要開拓が狙いです。
D&Iの取締役・小林鉄郎氏は、「一般雇用においてはテレワークという働き方がようやく認知され始めたが、障害者雇用においてはまだ不十分に感じる。自治体との連携等を通じて、企業と求職者の双方にテレワークの存在を広めていくことが必要だ」と述べました。
就労訓練の在宅利用を求める声
発達障がい者の就労支援会社Kaien(東京都新宿区)の代表取締役・鈴木慶太氏は2月17日にブログで、「コロナウイルスが拡大するなか、障がい者の福祉サービスである就労移行支援事業所では非常事態でも在宅利用が認められないのは時代錯誤」と述べました。
鈴木氏はブログで、「福祉行政は動きが遅い。都も大阪市も、在宅訓練は不可。政府はリモートワークなどを奨励しているが、障がい福祉の場合は『通所』しないといけない。こういう緊急時は柔軟な運用が必要だ。特に就労移行支援は制度としても在宅利用は不可能ではない。今後は地球環境の変化で、災害やリスクが多発する中で労働者は働かなくてはならず、在宅訓練が必要だと思うのだが、制度は時代の二歩も三歩もあとを行くのを痛感した」と述べました。
Kaienは首都圏・関西の8か所で就労移行支援事業所を運営していますが、新型肺炎の影響が拡大してからは、予定していたイベントも中止し、見学・説明会の開催も最小限にとどめ、会議ツールZoomによるオンライン説明会を開催しています。
鈴木氏がブログで声を上げた後、厚生労働省から各自治体に2月20日付で、事業所が在宅でのサービス提供が可能な場合には、必要に応じて、在宅でのサービス利用を認めるなど、感染拡大防止の観点から柔軟な対応を適宜検討することを要請する通達が出ました。
これを受けて、鈴木氏は2月24日、「在宅利用が認められるきっかけに?」という件名でブログ投稿。「当社としても社員と利用者双方に過度に負担をかけない形を模索するが、小規模業者だからこそできる、現状に即したサービスを模索していきたい」と述べました。しかし、鈴木氏が自治体に確認したところ、川崎市は可、横浜市・大阪市は検討中、東京都は不可と、判断が分かれました。鈴木氏は2月27日のブログで「この段階で柔軟に対応できないのか」と行政の対応を批判しました。
現行の就労移行支援は、障がいにより勤怠が不安定になりがちな人が週5日休まず出勤できるようになることが第一の目標となっており、在宅での利用は推奨されていません。だがこの制度設計により、働く意欲やスキルがあっても通勤が難しい障がい者は利用しにくいという見方もあります。
社会参加のための選択肢
障害者雇用制度の趣旨からは、障がい者と健常者が同じ職場で働く形が望ましいです。しかし障がいの種類によっては、通勤が難しい場合があります。
テレワークは、セキュリティ対策や雇用管理を整えれば、障がいの有無に関係なく生産性を上げ、人材の定着率を高め、人材不足を解消することにつながります。これまで働く機会のなかった重度身体障がい者や精神障がい者の雇用機会、地方での雇用機会を創り出すことまで期待されています。
オフィス勤務にせよ、テレワークにせよ、社会参加のための選択肢が増えることを肯定的に受け止める見方が広がっています。新型肺炎の拡大は災難だが、テレワークという選択肢を望んでいた人々にとってはチャンスとも言えるのではないでしょうか。