よりインクルーシブな能力主義へ、外資コンサル×就労支援事業所のサテライトオフィスの挑戦

アメリカ発で世界最大の総合コンサルティング企業アクセンチュアの日本法人(本社横浜市)が、2019年秋から精神・発達障がい者の能力を生かすことを目的としたサテライトオフィス(本社以外に設置する小規模の事務所)を横浜市鶴見区に設立します。このプロジェクトには発達障がい者就労支援会社Kaienがパートナー企業として参画し、サテライトオフィス立ち上げ・運営・採用活動を共同で行います。Kaienが発表しました。

アクセンチュアは、今年1月の世界経済フォーラム・ダボス会議を機にスタートした、障害者雇用にコミットメントする(取締役会の議題にするなど)企業による国際運動「バリュアブル500」に参加しています。日本法人にも影響が及んでいるとみられます。

アクセンチュア採用担当の菅原さん・精神保健福祉士/ジョブコーチの原さんへのインタビュー(Kaien)

「サテライトオフィスの取り組みは、一見インクルージョンの考え方に逆行しているように見えますが、むしろ逆の考え方です。一足飛びに「一緒に働こう」ではなく、必要とするステップをしっかり踏むことで、よりインクルーシブな組織をつくり、人材育成を手助けする。そういう可能性がサテライトオフィスにはあると考えています」

外資系コンサルで障がい者の雇用率達成はできないか

アップ・オア・アウト(昇進か辞めるか!)の競争社会という認識が強くとても障害者雇用などできそうにない…と思われても不思議でなかった外資系コンサルティングファーム。
日本では、企業は障害者雇用促進法で障がい者を2.2%雇用する義務になっていますが、これは外資系企業にも適用されます。アクセンチュア日本法人の場合、従業員数は約1万1000人(2018年)で、雇用義務のある障がい者の数は約242人。2020年には法定雇用率が2.3%に引き上げられることも決まっており、採用ニーズはさらに増える見込みです。
障がい者に関する法律は国によって異なり、特にアメリカなど割当雇用制度のない国の企業の人事担当者は、日本の障害者雇用制度を本国も含めた社内向けに説明するのに困っている状況もあるようです。

そしてここからが最も重要です。
日本企業ではまだまだコンプライアンスのための障がい者採用という考えが強く、特定の部署に配属され、一般社員と区別されることが多いですが、外資系企業ではやはり能力主義が強く障がいの有無での差別は禁止し本人の能力に応じて採用・配属され、一般社員と区別されないことが多いです。
しかし現実には、アクセンチュアなど多くの外資コンサルでは、能力的にかなり高い人が集まる傾向があり、それに伴って要求水準も高くなりやすいです。アクセンチュアはそうではありませんが、企業によっては社内公用語が英語で、英文履歴書の提出を義務付けるところもあります。(障がい者向け職業訓練でビジネス英語があるところはほとんどありません…)速いペースで仕事が進められ、方針変更や事業再編も多い傾向にあります。

筆者は、いわゆる外資的な環境で障がい者が働き続けるのは無理とは考えていません。
それはむしろ、障がい者にとって日本企業では得にくい働きがいや収入や人間関係を得られることが多く、メリットが大きいと認識しています。実際にそのようなケースはいくつも見ています。ですので、障がい者、家族、支援機関にもそのようなメリットが認識され、障がい者の外資就職熱がもっと盛り上がっても良いと考えています。

障がい者にも能力が高い人もいるのは確かですが、そのような人は既に就職してもう採れない状況です。これから採用対象となりえる精神・発達障がい者の多くは、働いた経験が少なかったり、あったとしても退職してから空白があることも多く、また能力にもばらつきが大きいのです。
こうしたなか、障がい者であっても既存社員と同じ求人条件、職務内容、要求水準を厳守するのでは、働ける人が極端に限られ、今後の採用・定着が進まなくなるのが明らかです。
2009年には外資系企業が日本の障害者雇用制度に対応できず、社名公表処分されたケースもありました。
また外資・国内企業問わず、ITコンサルも含めた情報・通信業は他業種に比べて障害者雇用に困難を抱えており、厚労省による平成30年の障害者雇用状況の集計結果によると、実雇用率は1.7%(全業種では2.05%)、雇用率達成企業の割合は25.4%(全業種では45.9%)にとどまっています。
アクセンチュアのような企業が雇用率を達成するのは無理なのでしょうか。

「働きながら成長する」サテライトオフィス

アクセンチュアは障がい者採用で、ハローワークだけでなく、様々な障がい者向け求人サイトも利用してきましたが、それでも足りなかったようです。そこで業界支持ナンバー1、2を争う就労支援会社Kaienを味方に付けました。Kaienの鈴木慶太社長は、就労系福祉業界ではめずらしく、アメリカのMBA(ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院)を修了しています。

Kaienはニュースレターで、「サテライトオフィスは、働く方それぞれが理解・配慮を得て、スモールステップで成長し、企業の戦力となることを Kaien が応援する雇用モデルです。職場には障がいへの理解があり、かつビジネス経験が豊富な Kaien のスタッフが常駐し、サテライトオフィスで働く方々の活躍・成長をサポートします」とコメントしています。
「雇用率達成のために、障がい者のパフォーマンスが低くても大目に見ましょう」ということではありません。しかし、既存の枠組みでは受け入れが難しい場合には、新たな枠組みも必要になることがあります。それがこのサテライトオフィスです。

業務は当面、データ入力、文書管理、分析・リサーチ。その後、本人の能力と経験と意欲に応じて、管理部門や各事業本部で、他の社員と一緒に働くステップも作っていきたいそうです。
ずっと障がい者ばかりの環境で単純作業でもない、かといって初日から異次元のビジネスパーソンばかりの環境でアップ・オア・アウトでもない。色々な能力の人に対応した入り口を設ける。ホップ・ステップ・ジャンプの段階を設ける。当事者の能力開花の可能性を信じる。少しずつできるようになるということを受け入れる環境を作ることで、「障がい者も参加できるインクルーシブな能力主義」を実現しよう、という雇用モデル作りです。

外資系も日本進出して長い企業を中心に、日本の障がい者の現実を受け入れる方向に変わってきています。
グローバル企業は、障がいの有無による差別を禁止した人材活用に全社的に取り組んでいますが、国によって実績が大きく異なることがあるようです。
アクセンチュアの場合、面白いことに、米国法人(従業員数約5万1000人)では2017年の社員の多様性に関するデータで、障がいを持つ社員の割合が日本の法定雇用率より高い4.5%(約2300人)と発表されています。しかし日本法人では逆に法定雇用率を下回っていたこと、身体以外の障がい者の雇用実績が少ないこと、障がい者のコンサルタント登用の例が少ないことがわかっています。

精神障がいや発達障がいの人には、すべてがそうではないですが、高学歴で論理的思考力などに優れた人も多くいますので、コンサルタントに登用されるケースがもっと出てきてもいいのではないでしょうか。

この先に可能性を感じさせるアクセンチュア流働き方改革

アクセンチュアはこの数年間、働き方改革にも積極的です。
今では1人あたりの残業は1日平均1時間に、離職率は実施前の半分になった、といいます。江川昌史社長によると、そもそも働き方改革を始めたきっかけというのが、2014年頃に人材紹介会社にあまりにネガティブな情報が集まり、新たな人材の紹介忌避に遭うほどになったことからだそうです。
この働き方改革により、特に女性の定着率が大きく改善したようです。同社によると、女性社員比率は実施当初の2015年4月には22.1%だったのが、2017年8月には30.4%に向上。新卒の女性採用比率は今では42%に達しました。
障がい者の雇用を進めるのにも、とても良い時期に来ているとみられます。

働き方改革の1つとして、リモートワークの推進があります。同社には、プロジェクトチームの一員としてクライアントのオフィスで働く人もいれば、デリバリーセンターでカスタマーサービスチームの一員として働く人、進化するモバイル化やデジタル環境を活用して自宅やその他の場所で勤務する人もいます。健常者にもサテライトオフィスでリモートワークをする人がいることで、すでに障がい者のサテライトオフィス雇用を進めやすい土壌ができていたのです。
今後、業務の細分化(初歩的な仕事から専門的な仕事まで細かく分け、それらをそれぞれ得意な人に振り分けていくこと)がより進めば、コンサルタントが長時間労働することがさらに減り、一方で働く機会のなかった障がい者の雇用が創出されそうです。

業務の細分化は民主化とも言えそうです。能力的に極端に限られた人しか働けない職場が、色々な能力の人が働ける職場になるという大変革が起きそうです。
障がい者が成長できる企業は、健常者にとっても働きやすいのではないでしょうか。アクセンチュアについてネットで検索したらあまりに激務との意見の多さを見て敬遠していた人も、応募しやすくなるかもしれません。

「似非ダイバーシティ」と言われないために

みなさまがいかにダイバーシティを謳い、マイノリティにフレンドリーな心がけをしていても、組織人として既存の体制で受け入れを進めていくには限界がくることがあるのではないでしょうか。

最近、欧米の障がい者活動家が“diversish”という形容詞を考案し使い始めました。これは「多様性のある」ではなく「どのタイプの人材が最も自社に合わせられるかに基づいた、選り好みの激しいインクルーシブ」という揶揄的な意味だそう。ダイバーシティを進めてきたつもりの企業には耳の痛い言葉です。似たような状況が日本でもあります。

「似非ダイバーシティ」と言われないためには、日本の障がい者の現状を直視し、外部の専門機関や当事者の意見に耳を傾けてみましょう。それを反映させた方針を社内に浸透させ、自社としてできることを1つずつ増やしていくこと。
もう1つ、受け入れる方針を決めたら、障がい者にとって不利になる変更は避けたいものです。上司や人事担当者が変わって、当初の方針や職場環境まで変わってしまい、定着しなかったケースもあります。

障害者雇用に積極的な企業は、応募を集めるのに、支援機関を味方に付けたり、障がい者社員から説明しています。正直、企業が単独で「当社は多様性を大切にしています」という立派な求人広告を出しても、当事者やその周囲には「本音と建前があるのではないか」と受け取られて響かないことがよくあります。しかし障がい者社員が本音ベースで説明すれば、「当事者を大切にしている」と受け取られ、確実に好感が持たれます。

障がい者であっても職場の戦力となり貢献することが必要です。ただそれには持続可能な体制作りが前提。より多くの企業が定着に協力的になることを望みます。

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▼プロフィール:
神戸市生まれ、都内在住。翻訳者・ライター。大学在学中に広汎性発達障がいの診断を受ける。発達障がいにより人間関係に困難さを抱えた経験を経て、ダイバーシティ&インクルージョンの進んだ外資系企業で新たな経験をする。障がい者が活躍できる社会を願い、当事者・社会双方に向けたメッセージを発信したり、相互理解とつながりを広める活動を行う。

NPO法人「施無畏」で、障がいのある女性向けフリーペーパー「ココライフ女子部」の制作や、障がい者に関する調査に関わる。ミルマガジンでは海外の障がい者雇用事情をリサーチ・翻訳・分析した記事を執筆する。

ブログ「艶やかに派手やかに」
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LinkedIn(Yuko Hasegawa)
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▼執筆メディア
障がい・難病の女性向け季刊フリーペーパー「CoCo-Life☆女子部」
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障がい者調査シンクタンク「CoCo-Life調査部」
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