これまでは社会通念的として捉えられてきた考え方や行動が見直され、個人の考えや特性を尊重する世の中へと変容してきたと感じます。例えば諸外国と比べて後進であるトランスジェンダーに関連したことであれば、日本国内でもプライドパレードのようなイベントの開催や裁判所による同性婚を認める判例などが見られるようになってきました。
障がい者の社会参加についても、企業による障がいのある人材を対象にした求人の数は都心部を中心に増加しており、障がい者の実雇用数は令和5年に過去最高の約65万人となりました。加えて2024年度は障害者雇用促進法の改正として法定雇用率が引き上げられるなど、企業による障がい者雇用に向けた取り組みがより一層前進することになります。
今後も法律の改正や社会的背景により障がい者雇用が進むのに合わせ、企業にとって障がい者人材も十分な戦力であるとの認識を一層社会に浸透させる取り組みにすることが重要であると考えます。それを実行するには、人材の採用や雇用後のマネジメントを従来からアップデートさせる必要性を強く感じています。あらゆる職種で労働力不足が生じており、この問題を解消させるひとつには人材の活用・育成に関して柔軟な施策が実行できるように経営的な判断のもと、企業規模によっては組織的な取り組みとして進めていかなければ企業の存続にも影響を与えかねない事態になると感じています。
個々の特性とそれに付随して求められる配慮に大きな違いが見られる障がい者を通して「自社に適した人材が集まる求人募集」「マッチング率が高くなる採用活動」「多様な人材が活躍できる雇用」を実現させることで身につけたノウハウやナレッジは、様々な人材を対象にした人材マネジメントにも応用できると考えます。それらを実践してもらうためのポイントについて今回と次回に分けて考えたいと思います。
障がい者雇用を進める上で重要になるのが「担当者(点)」と「組織体制(面)」です。
「担当者」は実務としての役割が強く一点を集中して深く掘り下げていく強みがあります。社内の調整役はもちろん業務を通じて蓄積されたノウハウやナレッジは企業の財産にすることができます。他にも外部の就労支援機関といった専門的なリソースとの関係構築も大きな役割であり、特に採用後の職場定着やマネジメントに必要なアドバイスの提供先として活用するために企業を代表する立場にもなります。
次に「組織体制」については法定雇用率の引き上げなど、企業ではたらく障がい者が増えることで配属先も各部署へ拡大、関わる社内の人材も広域へと進めながら成果を実現させます。そのため、これまでのように担当者ひとりが担う役割では収まらなくなり、障がい者雇用に求められる理解と協力を組織としての認識に変える取り組みとしなければなりません。
とはいえ、企業規模によっては担当者のマンパワーに集約しても問題ないとの認識も少なくありません。しかしながら、企業が継続する上でひとりの担当者が恒久的に同じ立場でいることは現実的ではなく、障がい者雇用のバトンを次に繋いでいく体制を構築していくべきだと考えます。
◯障がい者雇用の「これまで」と「これから」の違いについて
お話を進めるにあたり障がい者雇用の変化についてご説明したいと思います。
【中心的役割】
障がい者の雇用に関する役割は人事の「担当者」が担ってきたところが多いと思います。法定雇用率が現在の2.5%よりも低く、障がい者の雇用義務のある企業も少なかった頃は、求人募集をすれば障がいのある求職者から一定数のエントリーがあったので採用も現在よりは幾分か進めやすく、外部の専門機関からの協力を得なくても雇用を維持させることができましたので、人事担当者が様々な日常業務と並行して担当することも可能でした。
現在は法定雇用率が定期的に引き上げられ、それに伴って雇用義務となる企業も増えてきました。常用雇用労働者数100人以下の企業については雇用率未達成時に課せられる納付金の支払い対象ではありませんが、労働力の確保といった理由から障がい者を募集する小規模の企業もあるため必然的に求人募集の数も多くなってきます。
また、令和5年は過去最高の障がい者雇用実績となったことでひとつの企業が採用する障がい者の数も増えるため、企業規模にもよりますが特定の人事担当者が受け持つ業務量や役割が増えてきました。結果として、人事担当者を中心として取り組みを進めることに変わりはありませんが、受け入れた部署の上司あるいは同僚が「職場担当者」といった業務の指導役を担い、人事担当者と連携を図りながら、同部署のメンバーと一緒に障がい者がはたらく職場づくりが理想的な姿であると考えます。
【障がい者の受入】
上記でも触れましたが近年は法定雇用率の引き上げをはじめ多様性理解が進んだ社会的背景もあり、障がい者を雇用する企業が増えてきました。以前までは人事・総務といった管理部門や倉庫・製造工場といったバックヤードに障がい者のはたらく職場が集約させていたところが多かったように思います。
現状を見ると企業が雇用する障がい者の数が増えていく一方、コロナ禍とAIの本格的導入等により障がい者にとって主たる業務となっていた付随的な業務が減り、従来からあった仕事が大きく方向転換をされることになりました。そのようなことから、基幹業務も含め会社内で広く障がい者に任せる業務を検討したり、派遣社員・業務をアウトソースしていた部署であれば障がい者に切り替える動きを取るなど、組織全体として障がい者の雇用を進めていく動きが広まってきました。
【特徴】
今から15年ほど前、障がい者採用を進めている企業の求人ターゲットを見ると身体障がい者と軽度の知的障がい者が中心となっていましたが、それ以降は徐々に精神障がい者・発達障がい者の採用を進めていく企業が増えてきたことで、現在では年間に最も多く企業に採用されるのは精神障がい者へと変化してきたのは企業による障がい者への理解が進んだことと障がい特性にこだわっていては法定雇用率の達成は困難であると企業が気づいたこともその理由です。
最近では雇用に伴い本人から求められる配慮や周囲による特性への理解には、同じ障がいであっても一括りにできない特徴が多分にあるため、受け入れる職場では専門的な見地からのアドバイスやサポートを受けることで職場定着につながると考えるようになりました。障がい者雇用で求められる専門的な知識や経験を身につけたスペシャリストを職場に配置できることが理想的ではありますが現実は厳しく、地域ごとに設置されている専門機関を活用することで、障がい者雇用に関する相談と安全な雇用を実現するための支援に入ってもらうことにより、同様の効果を得ながら職場定着を実践している企業が多くあるのも現在の障がい者雇用の特徴だと言えます。
次回はこれからの障がい者雇用に求められる体制についてお話します。