人材獲得競争が厳しくなる今日、世界の一流企業はD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)人材層(女性、有色人種、LGBT、障がい者など)の雇用によってもたらされる利益に気付きつつあります。しかしながら、障害者雇用によってもたらされる潜在的な利益の重要性について認識していない企業もまだ存在します。
今年の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)では、障害者雇用のセッションが設けられ、これまでにないほどの盛り上がりになりました。1月25日、障害者雇用活動団体ビンク(アイルランド・ダブリン本部)代表のキャロライン・ケイシー氏(視覚障がい当事者)の司会により、障害者雇用をテーマにしたパネルディスカッションが行われました。
パネリストは、米コンサルティング大手アクセンチュアのジュリー・スウィートCEO(最高経営責任者)、米金融経済通信社ブルームバーグのピーター・グラウアー会長、英日用品ユニリーバのポール・ポールマンCEO、印IT大手テック・マヒンドラのC・P・グルナニCEO、米日用品P&Gのキャロリン・タスタッド北米グループプレジデント。各社のトップが自社での取り組みについて語りました。
リポート「障がい者のインクルージョンが企業にもたらす利益」
ダボス会議の後、4月23日に世界経済フォーラムのブログに、上のディスカッションを受けてまとめられたリポートが投稿されました。トップがパネリストとして登壇した米アクセンチュアによるものです。
このリポートは、2018年に同社が障害者雇用活動団体と協働して行った、米国内の企業を対象にした調査結果が出てきます。
障がい者の特別なニーズに配慮することは経営上の大きなコストではなく、その反対で、障害者雇用の根付いた企業は、業績でも競合他社を上回っていることや、一目瞭然に財務上の利益を上げていることを示しています。
注目すべき点を見ていきます。
「事実として、障がい者の受け入れの進んだ企業は競合他社に比べて、株主総利回りが平均で2倍高くなりやすい傾向にある。また、受け入れの進んだ企業は、時間が経つにつれて株主総利回りが競合より4倍高くなりやすい傾向にある。4年間の分析結果から平均すると、収益性と価値創造に関しては、受け入れの進んだ企業は競合より収益が28%、純利益が2倍、利益率が30%高くなっている。」
「こうした利益は、障がい者への配慮に必要なコストを上回っている。就労配慮ネットワーク(JAN)による別の研究によると、職場における配慮の60%は費用をかけずに行うことができ、一方の40%は従業員1人当たり平均で500ドル(約5万4000円)の費用で行えるという。」
「当然ながら、障害者採用活動によってもたらされる利益は最終的な利益を大きく上回ることになる。障がい者自身にも職場環境に適応するための創意工夫をすることが求められる。問題解決力、スピード、持続性、計画性、試すことへの意欲など、イノベーションにおいて必要とされるすべてのことが整っている前提であることが現実だ。」
「障害者雇用活動団体ワークプレイス・イニシアチブの研究によると、障がい者のインクルージョンの進んだ企業は、社員の定着率でも高い数字を出している。障がいのない社員が障がいのある社員と共に働くことは、職場がより寛容になり誰にとっても良いものになることに関心が高まる方向に向かう。健全に機能している障がい者支援社内コミュニティによる支援プログラムが整っている状況では、離職率も最大30%低くなる。」
「障がい者支援社内コミュニティ」とは、社員有志による、障がい者の働く環境を整えることを目的としたコミュニティです。海外企業にはこのようなコミュニティを作っているところもあります。
一般社員の意識が向上する、障害者雇用を人事や現場に任せきりにしなくなる、障がい者が会社に要望を伝えたり人間関係を作る場になる、障がい者の声が会社の方針に反映される、という効果が期待されています。
「離職率が最大30%低くなる」は、日本以上の転職社会の米国という条件での結果です。この数字を良いと捉えるかどうかは人それぞれ判断が分かれますが、定着率が高まるということを伝えていることは間違いありません。離職があったとしてもキャリアアップのための前向き転職のケースが多くなるのでしょう。
「そして、当然のごとくイメージアップというメリットもついてくる。全米ビジネス障がい者会議(NBDC)による2017年の調査では、消費者の66%が「広告に障がい者が登場する企業の商品やサービスを購入したい」と回答し、また78%が「障がい者でも容易にアクセス可能であることを保障する取り組みを行っている企業の商品やサービスを購入したい」と回答している。ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)の進んだサプライチェーンは、より高い財務上の利益、ブランド力強化、イノベーションとの相関関係も示されている。」
業績やその他売上指標で競合を上回り、消費者の購買意欲も増すだけではなく、コストや困難さが企業の予想するほどではない、というところがこのリポートの重要なところだと思います。
国連のSDGs(持続可能な開発目標)などを見ると、どうしても「~せねばならない」という論調が多くなってしまうのですが、民間コンサルのリポートではそれより先に具体的にメリットを数値化して言及してくれています。
人は頭では正しいと分かっていても、「とはいえ、現実はね…」になりがちと感じています。社会課題をビジネスで解決しようという流れは、今後ますます盛んになるでしょう。
そのうえで、企業が変革を起こしていくには以下の4つのアクションが必要だと述べています。
- 雇用(Employ)
組織は、その職場や人材パイプラインに障がい者が存在することを確実にしなくてはならない。雇用主は採用後も、障がい者に自信を与え成長させる取り組みを実施しなくてはならない。
- 可能にする(Enable)
リーダーは、障がいのある社員に対し、利用しやすいツール・技術、または公式な配慮プログラムを提供しなくてはならない。企業は、チーム全体で意識や一体感を向上させるため、障がいのない従業員に対し、彼らの同僚の利用可能なツールや配慮について学べる公式なトレーニングプログラムの紹介を検討しなくてはならない。
- 関与(Engage)
企業は、組織全体でインクルーシブな文化を育むために、採用活動、障害についての教育プログラム、草の根主導の活動(社内人材グループなど)やイベントを通じて、理解を築くことに投資しなくてはならない。
- 地位向上(Empower)
企業は、障がい者に成長や成功を続けられることを保障するために、スキルアップや再スキルアップのプログラムに加え、メンタリングやコーチングのイニシアティブを提供しなくてはならない。最上級管理職層も含めた社内のすべてのレベルの役職において、障がい者が存在するようにしなくてはならない。
障害者雇用が成熟してくると、「障がい者の管理職登用」が語られる、と予想しています。先進国ではすでにそうなりつつある国もあることがわかります。日本の障害者雇用はまだまだそこまで成熟していないのが現状です。
リポートはこう締めくくられています。
組織は、障がい者のいるコミュニティに存在する固定観念を除去するために、DEI(障がい者平等指数)、既存社員本位の自社把握、社員による関与や意識に関する調査といった、指標となるツールを活用しながら、現在のポジションを評価しなくてはならない。
それと共に、障がい者のインクルージョンプログラム強化のためには、量的・質的に説得力のあるビジネス事例があることをCEOや投資家が理解する必要がある。企業が潜在的利益に気付くこと、成功事例を共有すること、よりインクルーシブな人材パイプラインを築く方法を示すことで、我々は障がい者人材を一層早く獲得できるようになる。
DEI(障がい者平等指数)とは、米国の障害者雇用活動団体が実施する、障害者雇用観点で企業を0~100点の幅で点数付けするもの。80点以上の優良企業が公表されます。2018年には145社が参加しています。リポートの障害者雇用がより進んだ企業とその競合他社との比較は、各社がDEIで獲得した点数を基準に比較しているとのことです。
ちなみに、アクセンチュア米国法人(従業員数約5万1000人)では2017年の障がいを持つ従業員の割合が日本の法定雇用率より高い4.5%(約2300人)と多様性に関するデータで発表されています。DEIでは100点満点を獲得しています。身体以外の障がい者の雇用や、障がい者のコンサルタント登用、メンタルに支障をきたした社員の復職も積極的に進められています。
障害者雇用にコミットメントする500社を集めるグローバルムーブメント“バリュアブル500”
リポートの影響が、グローバル企業に現れ始めています。
ダボス会議のディスカッションを機に、障がい者にインクルーシブな職場を作ることをコミットメントする500社で集まるグローバルムーブメント“Valuable500”(バリュアブル500)がスタートしました。発起人は司会を務めたキャロライン・ケーシー氏。
バリュアブル500のサイトでは、
- 世界の人口およそ77億人のうち、何らかの障がいを抱える人は13億人以上(世界銀行グループ)
- 障がい者とその友人・家族による購買力は8兆ドル(Global Economics of Disability Report)
- 障がい者のうち、労働年齢(18~64歳)にある人の割合は80%(Disabled Living Foundation)
- しかし、D&I方針に障がい者のインクルージョンを含めている企業は4%(Global Economics of Disability Report)
- 障がい者にフィットする服は、犬用の服より少ない(Stephanie Thomas of Cur8able)
- 障がい者のインクルージョンなくしてD&Iとは言えない
ということが挙げられています。
バリュアブル500が参加企業に求めるのは、
- 2019年から取締役会において障害者雇用を議題に取り上げること
- 2019年に障害者雇用について1つの固いコミットメントを実行すること
- バリュアブル500参加によるコミットメントを社内外に共有すること
- diversish(見せかけのダイバーシティ)を排すること
現在、参加企業は158社。このムーブメントに、グローバル企業が続々と加わりました。
ダボス会議でトップがディスカッションしたアクセンチュア、ブルームバーグ、ユニリーバに加え、バークレイズ証券、マイクロソフトなどが参加しており、これらの企業の日本法人にも影響が広がると思われます。
日系企業では富士通の英国法人が参加しています。日本でもグローバルに開かれた企業を中心に、参加の輪が広まるといいですね。
みなさまの会社では、取締役会で障害者雇用が取り上げられることはあるでしょうか。
これだけ多くのグローバル企業が動き出したように、障害者雇用の利益を数値化したリポートは、取り組みを進めていくうえでとても説得力があります。みなさまも、研修、プレゼン、講演などにぜひとも活用してみて下さい。