障がい・病気がある人がその人らしく働くために必要なのは”配慮”ではなく、ひとりの”人”として扱われること

こんにちは!
配慮はしてほしいけど、仕事に対して遠慮や忖度はしてほしくないって思っている中村です。

障がい者雇用というと、みなさんはどんな言葉を思い浮かべますか?

僕が真っ先に思い浮べた言葉は『配慮』でした。

  • 電話対応の配慮
  • 通院時間、通院日の配慮
  • 通勤時間の配慮
  • 仕事内容の配慮
  • 指示系統の配慮
  • 休憩時間の配慮

など、障がい者雇用には様々な配慮があります。

僕も少ないですが会社、上司に配慮していただきながら働いております。配慮していただいているおかげで、大きな不安や心配がなくストレスをためることなく健やかに働くことができています。

と、配慮してもらいながら働いている僕ですが、最近感じているのは「配慮は障がい者にとってスタートラインでしかない」ってことです。

今回は障がい者が働くために必要な配慮、そして、障がい者がイキイキとその人らしく働くために必要なことについて書いてみようと思います。

障がいや病気を持って働くためには配慮は必要

障がいや病気を持つ人にとって、なぜ”配慮”が必要なのでしょうか?

これは障がい者雇用で働く人、障がい者雇用で人を雇う立場の人、障がい者雇用を促進する人など立場によって答えは違うと思います。

障がい者雇用で働く身として”配慮”に対する僕の考えは、「障がいや病気を持つ人が働くというステージにおいて、健康的な人と同じように働くために必要なもの」という感じです。

つまり、障がいや病気を持つ人が健康的な人と同じ土俵に上がるために必要なのが配慮ということです。

もちろん、「障がいや病気がある=配慮が必要」ではありません。仕事内容や仕事環境、一緒に働く人によっては配慮は必要ないかもしれません。逆に、健康的な人であっても配慮が必要なケースもあるかもしれません。

なので、「障がいや病気がある=配慮が必要」と一概にはいえません。ですが、障がいや病気を持つ人にとって配慮は健康的な人と同じように働くために必要最低限のことではあると思います。

配慮は働くための最低ラインでしかない

配慮は、障がいや病気を持つ人が働くために必要なことではあるんですが、それはあくまで最低ラインのことでしかないとも思っています。

というのも、障がいや病気に対して何かしら配慮されたからといって、その人の能力が存分に発揮されるわけではないですし、その人らしく働けるわけではないからです。

僕の話になりますが、僕は吃音症という言葉がつまってしまう症状があります。なので、電話対応について配慮してもらい働いています。これまで僕は電話対応さえどうにかなれば、自分らしく働ける、自分の力を余すところなく働けるなんて思っていました。

ですが、実際に電話対応の配慮をしてもらいながら働いてみて、自分らしく働けてるなんて感じませんし、自分の力を遺憾なく発揮できてるなんてびた一文も感じません。

もちろん、電話対応に対して不安やストレスを感じない点では、非常に快適に働けています。でも、だからといってイキイキと自分らしく働けているか?と問われても、首を縦に振れないのが現状です。

”その人らしく”働くためには、ひとりの”人”として平等に接することが大切

では、障がいや病気を持つ人がその人らしく、イキイキと働くためにはどうすべきなのか?

この答えは実にシンプルで、簡単でした。

それはひとりの”人”として周りと平等に接してもらうということでした。

障がい者雇用で働きだした当初、僕は電話対応をしなくてもいいということから安心して働けてはいたものの、やりがいや楽しさを感じずにもやもやしながら働いていました。

ただ、環境に適応し、周りの人と打ち解けていくことで、僕は周りの人を信用するようになり、周りの人も僕を信用してくれるようになりました。その結果、僕は障がい者として配慮されて働くだけの存在ではなく、ひとりの”人”として戦力として職場に貢献できているように感じるようになりやりがいを感じるようになれました。

障がい者雇用に限らず、老人扱いされたり、子ども扱いされたり、女性だからと配慮されるような環境で、羽ばたける人なんていません。障がい者も、老人も、子どもも、女性も、もちろん男性も、周りと同じように扱われることが、その人がその人らしく生きるために必要なことなのではないかと思います。

障がい者も楽しく、イキイキと働きたいなら“配慮”に頼りっぱなしではいけない


障がいや病気があるからといって平等に扱われないのでは、その人がその人らしく働けないことは確かです。これは障がい者と”とも”に働く人が考えておくべきことです。

一方で、障がいや病気を抱えながら働く人も、周りにばかり頼っていてはいけません。「配慮さえしてもらえれば…」「もっと信頼されれば…」最初はこんな風に考えてもいいでしょうし、配慮された環境の中で仕事に慣れるのも大切なことです。

ですが、配慮に頼りっぱなしでは自分らしく働くなんて不可能です。

配慮してもらうのであれば、配慮されるに値するだけの仕事をすることはもちろんですが、それ以上の価値を見出すべきですし、見出せる存在になる必要があると思います。そうすることで、周りからも信頼されるようになりますし、自分らしく働けるようになるのではないかと思います。

さいごに

「障がい・病気がある人がその人らしく働くために必要なのは”配慮”ではなく、ひとりの”人”として扱われること」をテーマに書いてみました。

障がい者として働くって結構難しいです。

これは障がい者雇用が社会になじんでいないからというのもありますが、障がい者として働くために”配慮”という壁ができてしまうことが大きいと僕は思います。

「配慮があれば…」という考えが、どこかでその人の可能性を潰してしまっているということです。

何度も言いますが、障がいや病気を持つ人にとって配慮は必要不可欠なことです。ですが、配慮ばかりに頼っているのでは、そこから先には進めません。少しでも前に進みたいなら、配慮に頼るのではなく、配慮を超えるような成果を出したり、存在感を発揮することが必要だと思います。

と、書いてはみたものの難しいことなのであまり無理せずに地道に努力していきましょう(笑)

ABOUTこの記事をかいた人

中村 祐基 (大手電機メーカー勤務)

就労移行支援を経て、大手電機メーカーに障害者として就職。診断名はADHD(注意欠陥多動障害)。吃音症と糖尿病も併せ持ちます。集中力のなさと、物忘れが多い半面、情報処理は異常に速い。言ってはいけないことを言ってしまい怒られることもしばしば。ミルマガジンでは、障害者として就職活動をしたこと、就職している実体験について主に書いています。