重度障がい者の色んなレール

重度障がい者が働いている姿はあまり見ないけれど、特に生まれつきの重度障がい者だと学校で卒業後の進度が決められて多くの重度障がい者がデイサービスや作業所に通う事が進められ、親が年を取ると施設に入所というこんなレールしか用意されてなかったけれど、障がい者権利条約の批准により色んなレールが選べる時代なのに親も学校も昔のままで、だから、重度障がい者が働く姿を目にしない。

社会も企業も学校も重度障がい者は護られる人で瞬き一つできればテレワークで働ける時代が来たのに、重度障がい者でも優れた能力を持っている人が多くいながらそれを社会の中で活かそうとする発想が乏しいため、いつまでも重度障がい者は護られる人のままです。

私は父が金型工場を経営していたので学校を卒業すると母と手伝いに通っていましたが、16年前に父が亡くなると社会が決めた重度障がい者のレールの上を進むしか生きられなくて、そんな中、伝の心と出会い呼吸でパソコン操作が出来るので働きたくなり、まずは知識を得るために兵庫県にあるプロップステーションの人が三重県で講演をするので聞きに行きました。

プロップステーションのホームページ
http://www.prop.or.jp/

働くための準備


講演に行くと障がい者からチャレンジドと言われる社会を目指している事を聞き、チャレンジドは社会のためポジティブに生かして行こう、と言う想いを込められていてますます働きたいと思いました。

それから、障がい者の在宅ワークを支援するeふぉーらむと言うNPO法人があり、よく障がい者の作業所はパン屋とか内職作業が多くて特定の障がいしか対応が出来ないけれど、在宅でパソコンやホームページの作成方を訪問サポートで教えてくれたり、ホームページ作成の仕事があり、メールや共有サイトで在宅でも仕事が出来る仕組みがあって、普通の三重県の作業所は県や市から天下って来た障がい者の事を理解してない人が理事になり、パソコンを使えば重度障がい者でも働けると言う発想すらないです。

eふぉーらむは9年前に無くなったけれどこのころはブログを書いていたので、取りあえずアフィリエイトをやろうと思って軽い気持ちで始めると、これが予想以上に儲かりました。

アフィリエイトはブログに広告を貼り付けるだけでお金が稼げるので、楽だけど働いていると言う実感がなくて、何のためにeふぉーらむでパソコンやホームページの作成方を訪問サポートで教えてもらったりしたの?と考えました。

やっぱりもう少し人の役に立っていると言う実感が味わいたくなり、アフィリエイトは辞めてアンケートモニターと言う登録するとメールでアンケートが送られてきて、答えると報酬がもらえる仕組みでそれなりにやりがいがあったけどもらえた報酬が月¥100ぐらいで、アフィリエイトとは2ケタ違うけれど働いている実感がありました。

アフィリエイトをやっていたときはブログに広告を貼り付けるだけなので自分の経験は役に立たなかったけれど、アンケートモニターでは私は移動支援でヘルパーさんと出かけていたので、車椅子の視点から商品を見てアンケートに答える事で、わずかもらえた報酬が月¥100ぐらいですが、重度障がい者にとっては自分の経験が役立つ仕事はお金では変えがたい喜びがありました。

重度障がい者だからこそ出来ること


このころから私は重度障がい者だからこそ出来る、自分の経験が役立つ仕事を探し始める事になり親の力も大きくて健常者と同じように育ててくれたし、介助してくれた人が今までに数えると400人以上いて重度障がい者は出来ない事も多いけれど、出来る事は精一杯やらせてくれたので幸せで、障がいがあるからこそ出来る仕事を探し始め、取りあえず知らない世界を見に行こうと思って会社見学に行き、その会社は重度障がい者だけど中途障がい者、頚椎を16歳のときに損傷して首から下が動かない人が作った三重県の津市にある会社の見学に行った事が大きかったです。

その会社は私がeふぉーらむに登録したころは活動も下火になってこの人はいなくて会った事はなかったけれど、昔eふぉーらむの利用者で私のような重度障がい者で会社を設立した話をよく聞かされていて一度会ってみたかったので行きました。

ロン毛の電動車椅子に乗ったおじさんが来て明るくて楽しい方で会社の説明をしてくれて、資本金1000万円でブログや掲示板などに投稿される記事をチェックして有害な投稿は削除すると言う仕事やシステム開発などを行う仕事で、24時間体制で従業員15人でネットの監視をしていて、ロン毛の電動車椅子に乗ったおじさん社長と話したけどどんな障がいがあってもやる気があれば働けると言われて、自分はどこかで障がいがあるからと言って甘えがあったと思いました。

重度障がい者であるからこそ出来る事ややりたい事は努力さえすれば出来ると言われて、ロン毛の社長は16歳のときに事故で頚椎をやられてから病院で独学でプログラミングを勉強して今の会社を立ち上げた事や、最初に可愛いヘルパーさんが出迎えてくれたけれど、ロン毛の社長は自分でヘルパー事業所を立ち上げてそこからヘルパーさんを派遣する形で暮らしている話をしてくれました。

この会社を見てからは出来ない事はないと思うようになり、でも、食事やトイレやお風呂をサポートをしてくれる人や事業者は沢山あるけれど、働くためのサポートをしてくれる人や事業者がないから自らやるしかないと思い、パソコンを使って障がい者だからこそ出来る仕事がしたいと思ってクラウドワークスと言う在宅でホームページ作成や、システム開発やライティングなどの仕事をしてネットで納品して働くところに登録しまました。

ホームページ作成や、システム開発は新しくソフトが必要で伝の心が壊れる恐れがあるのでやめて、残るはライティングで私は言語障がいがあり、単語で話すので文章力がなくてブログを始めたけれど最初は小学生の作文以下で、その上に頭が動くから本が読めなくて解読力もないです。

その中で最初の1年間は何でも書いて文章力をつけるために映画やゲームや育毛の記事を書いてなかなか楽しかったです。

1年経ち文章力も上がり障がい者だからこそ書ける記事を書きたくなり、今この記事を書いているけれどこれだけの人たちに支えられて幸せで、色んな事があったけれど今は良い思い出で障がい者も悪くないと思っています。

ABOUTこの記事をかいた人

宮村 孝博 (夢を叶える145ライター)

▼プロフィール:
1974年10月22日 誕生
1980年 城山養護学校小学部(現在城山特別支援学校)に入学(丁度その前年に、障害者の義務教育が開始)
1992年 城山養護学校高等部商業科卒業。と同時に、父が運営する関金型に就職。母の手を借りながら、部品加工のプログラムを作成。
2003年 父が亡くなり失業。母も足の難病に罹り、障害者二人暮らしが始まる。
2006年 「伝の心」と出会う。
2017年 「夢を叶える145」ライターデビュー 「チャレンジド145」プロデュース
趣味、囲碁、高校野球観戦
春と夏の甲子園の時期はテレビ観戦のため部屋に引き篭もる