こんにちは。上肢障がいのケイタです。
今回は、前回途中まで書かせていただいた坂本さんの記事の続きを書かせていただきます。海外放浪した経験から、今の日本の福祉はどう見えるのか。また、息子さんの障がいに対してどう思われているのかなど、伺ってみました。
②「重度障がい児の父になって──息子の未来に希望を見いだして」
坂本さんは2020年にフィリピン人の奥様と結婚して、2022年には長男龍之介くんが誕生した。しかし最近の検査で、龍之介くんには重度の発達障がいがあることがわかったと言う。

息子の龍之介くんが生まれて間もない頃の写真
「息子はもうすぐ4歳になるんですが、まだしゃべることができず、保育園での集団行動も苦手なようです。検査の結果を聞いて、妻はショックを受けてましたが、僕のほうは『何とかなるだろう』と楽観している部分もあります。というのも、これまでの海外放浪やゲストハウスに訪れた人との交流の中で、息子のような特性を持っていても、世の中で活躍している人に何人も会ってきたからかもしれません。コミュニケーションが苦手でも、アーティストとして活躍している人もいれば、発達障がいを持ちながらも、ビットコインでアーリーリタイヤしたと言う知人もいます。そして僕自身もあえて言うならポンコツだったので、むしろ息子の1番の理解者になれるのではないかと誇らしくさえ思っています」
幸い、坂本さんとしては、龍之介くんの障がいはそれほど大きな問題では無いようだ。それよりかは「妻の実家がセブ島なので、里帰りの飛行機代の方が大変です」と苦笑いしていた。
③ 世界を見た目から映る、日本の福祉
数多い議員の中でも、坂本さんのように5年以上、海外放浪した経験のある議員はそう滅多にいないだろう。世界を見てきた目から、日本の福祉の現状はどう映るのかも聞いてみた。

宿業をやりつつ地方議員へと、新たなる道へ。
「日本の福祉は世界的に見ても手厚い方だと思います。北欧圏の福祉ほど細分化された支援はまだ行き届いてませんが、息子のような障がい者への支援だったり、高齢者への支援だったりと、世界全体で見たら、日本は充実している方だと感じます」
また、坂本さんは地方議員と併して、宿業も行われている。逆に海外の方から、日本の現状や福祉はどう見えるのだろうか。
「よく海外のお客さんが言われてるのは、日本は清潔で、マナーが守られているということです。日本の学校教育では、校則がしっかりしていて、掃除の習慣も身につけさせているからだろうとよく聞きます。僕がヨーロッパのとある国に行った時は、確かに日本より不衛生な箇所が多くみられ、ごみを拾うのを仕事としてやってる方もいました」
日本の清潔さは、治安の良さと並んで海外からよく評価される点だ。加えて日本食も評判なので、「日本のものはなんでも素晴らしい」という日本神話を持っている海外の方も少なくないと聞く。しかし日本には、清潔やサービスを重んじるあまり、まだ食べられる野菜や食品を、見た目が悪かったり、少し虫に食われてしまったりすると選別して処分してしまう実情もある。それによって、余計な労働コストがかかる面もあり、「日本人は働きすぎ」と海外の人々からいわれる一因を買っているところもあるだろう。
それらのことも含め、日本も決していいところばかりではないものの、それなりの支援は整っているように感じると言う坂本さん。それよりは、今ある福祉の周知の方が大事なのではと坂本さんは語る。周知が行き渡ることで、より新たな政策や改善点が生まれるのかもしれない。
④「制度よりも人と人──福祉の根底にあるべきもの」
坂本さんは日本にはそれなりの福祉制度は整っていると言うが、世界と比較して足りないものもあると言う。
「日本はとりわけ他人とのコミュニケーションが不足している気がします。コロナウィルスの件もあって、特に人間同士の間に距離ができてしまったように感じます。それと対比して、東南アジアなんかは、福祉がまだ行き渡ってないですが、人々のつながりは強く感じました」
日本は確かにコミュニケーションに他国よりも厚い壁があるように見える。筆者もインドを自転車で旅していた際、日本よりずっと話しかけられるし、こちらも他人に話しかけやすい雰囲気をとても感じていた。もっと地域同士での助け合いやコミュニケーションが増えれば、福祉と言うかしこまった言葉を使わずとも、自然と人と人の間に相互関係は生まれるのかもしれない。
⑤ まとめ 不自由から生まれる人とのつながり
日本の福祉制度の改善点や課題はまだまだ多いかもしれないが、まずは今ある制度をありがたく使わせていただき、不足する点は人と人が協力し合えば、そこに新たな人間関係が生まれるきっかけにもなる。障がいや不足があるからこそ、他人と手を取り合う場面が生まれる。そう思えば、何不自由なく、便利に暮らせると言う事は、偶然の出会いや発見も失ってしまうのかもしれない。
不自由さを受け入れる暮らしの中で坂本さんは今日も、山奥の一軒家から市議会へと向かう。父として、議員として、日々の暮らしを丁寧に歩んでいる。