障がい者求人における『自力で通勤』という表現が差別にあたるというニュースについて

仕事柄、普段から厚生労働省のホームページで公表される資料を閲覧する機会が多くあります。
助成金関連や法律、統計データなど企業にとってもメリットになる情報もあります。毎年公表されている様々なデータのうち、障がい者の就職状況を取りまとめた資料というのがあります。

こちらの資料では、その年に全国のハローワークを通じて企業に就職した障がい者の件数が報告されています。統計の元となるデータというのはハローワークから就職した数値のみになるのですが、現在の企業が採用した障がい者の詳細な状況を知ることができる貴重な資料となっています。

例えば、障がい特性(身体・知的・精神とその他)ごとに新たに就職をした件数(人数)が報告されているのですが、その数値を見てみるとここ数年で新規就職数が最も多い障がい特性は「精神障がい者(45,064件・前年比8.9%増)」となっています。(身体障がい者は26,756件・前年比0.7%減、知的障がい者は20,987件・前年比3.2%増)
これは、義務化された対象企業による障がい者雇用が本格化し始めてきたことにより、求人数が増加。それに伴って法定雇用率の達成を目指した採用を実現させるために、これまでの競争率の高い身体障がい者から現実路線となる求職活動者数の多い精神障がい者へと求人ターゲットが移行したことを顕著に表しています。(こういった現実を知るだけでも人事担当者にとってはメリットのあるデータです)また、地方の行政では個別で精神障がい者の採用を後押しする条例や助成金を設けているのも就職者数が増えている原因だと思います。

そのような、企業の障がい者雇用熱の高まりを感じさせる中、熱気に水を差すようなニュースが取り上げられました。

エントリー条件の意味合い

ある中央省庁が出した求人票に記載されたエントリー条件のひとつに「『自力で通勤』できる方」という文章。皆さんは、このニュースを聞いたときにどのように感じたでしょうか。

私はこれまで、企業での障がい者求人や雇用に多く関わってきた立場として、改めてこのニュースは難しい問題だと受け取りました。一般的に求人募集を行うときには、採用後の雇用条件に加えて、雇用後の業務に必要となりそうな知識や経験、資格などを希望条項として求人票に記載することができます。それらの中には『自力で通勤』という文章も使用されていたと思います。しかし、我々が想定していた『自力で通勤』の意味は「会社が通勤用のバスや介助用の車を用意しなくても通勤できる方」ということを表していたと思います。仮に、ご家族が仕事の行き帰りを車で送迎することに関しては問題がないということになります。これは、私がお付き合いをしている就労系福祉事業所の方々も同じ意味合いとして理解をされています。

そのため、今回の表現がニュースとして取り上げられたことについて少なからずショックを受けたのと同時に懸念することがあります。

企業目線の反応


ひとつは、企業の障がい者募集に影響が出ないかということです。

この表現に対する今回のニュースは、ある種過剰な反応とも受け取れます。企業の人事担当者にとっては、本音でいえば「会社が通勤用のバスや介助用の車を用意しなくても通勤できる方」という意味での『自力で通勤』できる方をエントリーの条件としたいはずです。
それにもかかわらず、『自力で通勤』を希望条件として挙げることは「障がい者に対する差別だ!」と言い切ってしまった場合、人事担当者は障がい者の募集に対して及び腰になってしまわないだろうか、足を引っ張ってしまわない(邪魔をする)だろうかということが非常に心配です。いわゆる「触らぬ神に祟りなし」という感じです。

障がい者目線の反応


もうひとつ気になる点は、『自力で通勤』の表現に対する障がい者差別という意見について、当事者となる障がい者はどのように感じているのかという点です。

すべてのニュースに目を通したわけではありませんが、このニュースで大きく声を上げているのは、障がい者の周囲にいる方々ばかりのように感じてしまいます。声を上げたくても上げることができない障がい者の代弁者となって訴えてくれる人の存在というのは非常に力強いものとなります。
その一方で、本来であれば一番意見を聞かないといけないはずの障がい者たちの声を置き去りにし、周囲が勝手に議論を始めてしまっているように感じます。当事者たちを加えずに交わされた議論はどこまで本質をついているのでしょうか。

また、当然のことながら私たちが目にする意見というのは一部の意見だとして受け取らないといけないのですが、メディアは障がい者が全員一致で「障がい者差別」だと訴えているかのような表現だけを垂れ流しています。そうではなく、メディアに期待することは、この問題から推察される障がい者雇用が抱える課題について提起するところまで責任ある立場として伝えてほしいと強く感じてしまいます。

企業と障がい者 お互いのために

最後に、もうひとつ感じたことがあります。
法定雇用率に対する義務感だけではなく、意識高く障がい者雇用の取り組みをしている企業の場合、求人活動の際に挙げるエントリーの条件には細心の注意を払いつつ、毅然とした募集要項を準備されると思います。それは、雇用が両者にとって幸せな結果になってほしいという気持ちからです。

今回のニュースについては、中央省庁の障がい者雇用水増し問題(個人的にはあまりにも悪質だと思うので罰金を科しても良いと思います)の後というタイミングからすると、行政機関に対する批判と世論への強いメッセージがあったのではないかと感じてしまいます。

ABOUTこの記事をかいた人

上前 忠司 (日本障害者雇用総合研究所代表)

[障害者雇用コンサルタント]
雇用義務のある企業向けに障害者雇用サポートを提供し、障害者の雇用定着に必要な環境整備・人事向け採用コーディネート・助成金相談、また障害者人材を活かした事業に関するアドバイスを実施。障害者雇用メリットの最大化を提案。その他、船井総研とコラボした勉強会・見学会の開催や助成金講座の講師やコラム執筆など、障害者雇用の普及に精力的に取り組んでいる。

▼アドバイス実施先(一部抜粋)
・opzt株式会社・川崎重工業株式会社・株式会社神戸製鋼所・沢井製薬株式会社・株式会社セイデン・日本開発株式会社・日本電産株式会社・株式会社ティーエルエス・パナソニック株式会社・大阪富士工業株式会社・株式会社船井総合研究所・株式会社リビングプラットフォーム