ひとり言です。
◯年齢を重ねて気づく、自らの「判断」への問い
年齢を重ねてきたからでしょうか。最近、日々の生活やビジネスの現場において、自分の行動や判断のプロセスが気になることが多くなりました。若い頃のように、目の前の課題についてただスピード感を持って片付けるだけでは、どこか割り切れない思いが残ります。
いま下した行動や判断は、果たして「誠意」のあるものだったのだろうか。いま発した言葉は、相手の心にどう響いたか。ふとした瞬間に、そんな問いが頭をよぎるのです。
私たちは日々、無数の選択を重ねています。しかし、その選択が知らず知らずのうちに自己中心的な考え方や、組織の論理に支配されてはいないでしょうか。ふとしたときに自己中心的になっていないかと、自分に戒めておかなければいけないと感じるのです。
いま一度「誠意」という言葉の真意と、それが最も試される「障がい者雇用」の現場について深く考えてみたいと思います。
◯「誠意」という言葉の真意
そもそも「誠意」とは何でしょうか。
その本質を紐解くと、それは「私利私欲を捨て、真心を持って人や物事に対すること、およびその気持ちのこと」を指しています。単なる上辺だけの丁寧な対応ではありません。相手の立場をくみ取り、誠実で正直な態度で尽くそうとする心のあり方のことです。
つまり「誠意」とは、自分を中心にした考え方ではなく、相手や周囲のことを考慮した考え方であるとわかります。
こうして整理するとシンプルですが、実践するのは容易ではありません。忙しい日常やプレッシャーに晒されると、どうしても自分を中心にした都合の良い考え方に陥りがちです。だからこそ、私たちは定期的に立ち止まり、自分を戒める必要があるのです。
◯普段の行いや発言に見られる「誠意」
誠意というものは、大それた意思表明やドラマチックな場面だけで発揮されるものではありません。むしろ、日常の何気ない行いや発言、つまり「普段の姿勢」にこそ、その人の本質的な誠意が滲み出ます。
例えば、相手の話を聴くときの態度を見てみます。こちらの言いたいことを伝えるタイミングばかりを窺いながら聞くのではなく、相手の背景にある感情や状況までを「汲み取ろう」と集中して耳を傾けているか。また、自分の非を認めなければならない場面で、言い訳や責任転嫁をせず、正直に頭を下げられるか。
これらはすべて、自分を守るための「欲」を捨てられているかどうかの試金石です。上辺だけの言葉を並べることは簡単です。しかし、中身の伴わない言葉は、いずれ相手に見透かされます。普段の些細なコミュニケーションにおいて、いかに相手の立場を尊重し、正直であれるか。その積み重ねが、周囲との確かな信頼関係を築く土台となります。
◯仕事の場面での「誠意」とは

では、これを「仕事における誠意」に置き換えるとどうなるでしょうか。
ビジネスにおける誠意とは、私利私欲から距離を取り、相手(顧客・同僚・会社)の利益と期待に応えるために「真心を持って正直かつ熱心に業務に取り組む姿勢」を指します。
これはボランティア精神とは異なります。具体的には、プロフェッショナルとしての「責任感の強さ」、組織やチームを円滑に動かす「丁寧なコミュニケーション」、そしてどのような場面でも嘘をつかない「誠実な行動」によって形作られるものです。
顧客に対してメリットだけでなくデメリットも正直に伝えること。同僚のミスを責めるのではなく、共に解決策を模索すること。会社の方針に対して、ただ盲従するのではなく、真に会社の未来を思って建設的な意見を述べること。これらすべてが、仕事における誠意の具体例です。
◯障がい者雇用で考えておきたい「誠意」
この「仕事における誠意」が、いま最も鋭く問われている現場の一つが雇用の場面です。
なかでも「障がい者の雇用」において、私たちは本当に誠意を持って向き合えているでしょうか。雇用の場面を考えたときに、まず立ち返るべきは、雇用される本人の「働きたいという気持ち」を汲んだ雇用になっているのか、という点です。
働きたいという気持ちや動機は、人によって実に様々です。
- 「ただ所得を稼ぎたいから」
- 「自分のペースで働ける職場だから」
- 「仕事を通じて自己の成長が感じられる会社だから」
一般の労働者であれば、こうした多様な希望に合わせて職場を選択する自由があります。
しかし、障がい者の雇用の実態に目を向けてみると、障がい者の雇用実数が増えてきたとはいえ一般よりも選択肢が少なく、本人の希望よりも雇用する企業側の考え方が優先されていると感じる雇用が多いのが現状ではないでしょうか。
次回に続きます。





