ひとり言です。
仕事をしているとき感じることがある姿勢について考えてみました。「及び腰」と「前のめり」について。
◯はじめに:「二つの姿勢」が意味するもの
「及び腰」と「前のめり」。
日常的によく耳にするこれら二つの言葉は、どちらも私たちの「身体の姿勢」を表すと同時に、物事に向き合う「心のスタンス」をも見事に言い表しています。
辞書を紐解くと、そこには非常に対照的な意味が並びます。
◆前のめり(攻めの姿勢): 身体の重心を前方に傾け、今にも一歩を踏み出そうとする状態。意欲や関心が先走り、能動的に挑もうとする積極的な姿勢。
偉そうに「前のめり」の重要性を語ろうとしている私自身もかつては、これ以上ないほどの「及び腰」でこの障がい者雇用の世界に足を踏み入れた当事者の一人でした。まずは、私の個人的な告白からこのコラムをはじめさせてください。
◯原体験:最も「及び腰」だった私が、心のスイッチを切り替えた日

今から20年近く前、私は前職の人材会社で新規事業として「障がい者人材紹介事業部」の立ち上げを任され、営業責任者として日々奔走していました。当時は、毎日様々な業種の人事担当者や経営層とのアポイントが取れ、企業が取り組む障がい者雇用の生々しい現状や、切実な困りごとに関する話を浴びるように耳にする日々を送っていました。積極的にアポイントを取り、企業訪問をしていた私を周囲は、熱意に溢れた営業担当者と映っていたかもしれません。しかし、当時の私の本音は、全く真逆のところにありました。
実は私は、聴覚障がいのある親の元に生まれた子ども、いわゆる「CODA(Children of Deaf Adults)」です。幼少期から社会の壁やコミュニケーションの苦労を嫌というほど体験してきました。
障がいという存在が身近にあり、その重みを誰よりも知っていたからこそ、当時の私は「これ以上障がいのある人と深く関わりたくない」と、障がい者との関わりを避ける気持ち、「及び腰(守りの姿勢)」で仕事に向き合っていました。
そんな私の後ろ向きなスタンスとは裏腹に、時代の潮流は激しく変わりつつありました。当時はまだ、身体障がいや知的障がいの雇用が中心だった時代です。その中で私たちの事業部は、まだ世の中にノウハウが乏しかった「精神障がい・発達障がい」のある人材の提案・紹介に、先駆けて力を入れ始めていましたので、企業の人事担当者からは「詳しく話を聞きたい」「うちの会社でも受け入れられるか検討したい」という相談を多くいただくようになっていました。
求められる市場の環境と、過去のトラウマから逃げ腰になっている自分。
その強烈なギャップの中で葛藤していたなかで「この環境に対して、自分自身の姿勢を「前のめり」に変えてみたら、一体どんな景色が見えるのだろうか」と考えたことをきっかけに、後ろに引いている「及び腰」を捨て、覚悟を決めて「前のめり(攻めの姿勢)」へと心のスイッチを切り替えようと決心しました。それから、目の前のモヤが徐々に晴れていく感覚がありました。
もっと本気で就職を目指す障がい者と向き合い、企業が抱える課題の解決に挑むという姿勢を変えたことで見えてきたのは、障がいがあるからといって可能性を狭める必要などない、というシンプルな事実でした。「障がい者雇用には、組織を成長させる絶対的な価値がある。それを証明することこそが、自分が求められている社会的な役目だろう」と。「及び腰」から「前のめり」になった気持ちが、今の会社を設立する大きな原動力となったのは事実です。
あの時、もし私が「及び腰」のままで、義務感だけで仕事をこなしていたら、今の私は存在しなかったでしょうし、多くの素晴らしい求職者や企業との出会いも失われていたと思います。改めて日本の多くの企業における障がい者雇用の現場を見渡したとき、かつての私と全く同じような「及び腰(守りの姿勢)」の景色が、いたるところに広がっているのを感じ、強い危機感を感じています。
◯現状の課題:日本の障がい者雇用に広がる「冷めた景色」

現在の多くの企業における障がい者雇用の現場には、共通してどこか熱量の低い、停滞した空気が流れています。それはまさに、企業側が「及び腰(守りの姿勢)」で取り組んでいることから生じる、以下のような「冷めた景色」に見えます。
- 第一に、「法定雇用率」という数字の達成に焦点を当てすぎた取り組みになっている点です。
多くの企業にとって、障がい者雇用は「法律で定められた義務であり、未達成によるペナルティや社名公表を避けるためのもの」という認識から抜け出せていません。目的が「数合わせ」になっているため、採用すること自体がゴールになり、入社後に彼らがどう活躍するか、どう組織に貢献するかという視点が根本的に欠落しています。
- 第二に、「障がいがあるから」というステレオタイプに基づき、基幹業務ではなく安易な定型業務・付随的業務ばかりに当てはめている点です。
「精神障がいがあるからストレスのかかる仕事は無理だろう」「知的障がいがあるから複雑な判断はできないだろう」という、個別性を無視した一律の判断により、シュレッダー掛けやデータ入力、清掃といった、組織のメインストリームから外れた「切り出し業務」ばかりを任せる傾向が定着しています。
- 第三に、「障がい者は成長しない」という、一方的で間違ったバイアスにより、何年経っても同じ業務を繰り返させている点です。
適切なフィードバックや教育訓練の機会が与えられず、現状維持が美徳とされます。人は誰しも、適切な目標とフィードバックがなければ成長の機会を失いますが、その機会すら最初から剥奪されているのです。
その結果として生じるのが、「昇給やキャリアアップも実現しない雇用」であり、「任せる業務範囲も限定的」なまま据え置かれる現実です。どれだけ真面目に働いても給与は少ししか上がらず、役職に就く道筋もない。これでは、働く当事者がモチベーションを維持できるはずがありません。
そして最も悲しい結果として、「コミュニケーションや役割に対してもどこか消極的な姿勢」が、職場全体に蔓延していくことになります。企業側が「無理をさせないように」と及び腰(守りの姿勢)で接し、当事者側も「これ以上の役割は期待されていない」と引いた姿勢で応える。お互いがお互いに距離を置き、腫れ物に触るかのような関係性のまま、心の通わない雇用が継続していくのです。
次回に続きます。





