【Q】
来年度以降の法定雇用率の引き上げを念頭に障がい者の新規採用に向けた準備を進めています。採用準備のひとつとして社内の従業員を対象にした障がい者雇用に向けてのヒアリングを実施したところ、当初想定していたほどネガティブな意見は少なく、これならば採用活動を進められそうだと判断しました。
ところが、人事部の責任者が過去の障がい者雇用での苦い経験から精神障がい者の採用に難色を示してしまい、思うように求人活動が進められない状況にあります。
人事部の責任者には少しずつ理解をしてもらっていますが、このままの状態では新たな障がい者の採用ができません。このようなとき、障がい者の採用に対して理解を進めるためにどのような取り組みを実施すればよいでしょうか。アドバイスをお願いします。
《建築会社、従業員数約400名、人事担当》
【A】
企業の人事担当者との打合せなどで、障がい者の雇用が進まない理由をお聞きすることがあります。色々な理由の中で今回のご相談のような「過去の障がい者雇用での経験が邪魔をする」ケースというのが、少なくありません。
とはいえ、過去の苦い経験にいつまでも囚われてしまい、本来取り組むべき義務である障がい者の採用が進まない状況を受け入れたままにしておくのはマズい考えだと思います。改めて、障がい者雇用の必要性(法令遵守、社会的責任、多様性時代における障がい者人材の活用、企業評価など)を組織としての共通の認識として捉え、原因についてひとつずつ時間を設けて解明していくことが必要ではないでしょうか。
ここに例として、これまでに私が耳にした障がい者雇用における「過去の苦い経験」を挙げ、それぞれの問題点について考えてみました。
- 『以前に◯◯障がいのある人を雇用した結果、職場で暴れて問題になった』
- 『以前、上司が採用担当をしていたときに障がい者の対応で大変苦労したので新規採用が進まない』
それぞれ、当時の状況や背景などの詳細がわかりませんので正解を導き出すのは難しいのですが、おそらく障がい者の求人や雇用に対する準備不足からくる「知らない」状態での取り組みによって発生した失敗経験だったのではないだろうかと考えます。
法定雇用率の達成には採用した障がい者の雇用定着の結果により実現します。障がい者の雇用定着には戦力として職場で活躍してもらうために本人が求める配慮の提供(合理的配慮)が必要になります。配慮の提供には障がい当事者に対する職場の理解と組織としての受け入れ環境の整備が必要になります。
①『以前に◯◯障がいのある人を雇用した結果、職場で暴れて問題になった』
例えば①の原因で障がい者雇用が進められない企業では「○○障がいのある人」「職場で暴れて問題」が結びついてしまい、「○○障がいのある人」はエントリー時に選考されない状態になっていました。
ある特定の障がい特性の人材が職場で暴れてしまい大きなトラブルを経験した担当者にとって苦い体験になってしまったことは本当に気の毒だと思います。あくまでも想像の範囲ですが、職場で暴れてしまったその方は企業で働く準備が整っていたのかということが気になります。また、受け入れた職場の理解が不足していたために周囲との意思の疎通や仕事に対してストレスを感じてしまった結果、暴れるという表現にいたったのかもしれません。
この場合、改めて考えていただきたいのは特定の「○○障がい」がトラブルの直接的な原因だったのか、それとも「○○障がいのあるAさんの就労準備状態の確認不足及び受け入れ時の職場の準備不足」が原因だったのかということです。
障がい者の採用時に就労移行支援事業所などの障がい者を対象にした就労支援を提供する福祉サービスに通所している方であれば、障がい特性の自己理解や体調管理などのセルフケア、自身の強みを活かしたビジネススキルの習得など、企業の就職時に求められることを身につけた人材が豊富に在籍されています。近隣にある事業所に相談するところから始めてみてはどうでしょうか。
②『以前、上司が採用担当をしていたときに障がい者の対応で大変苦労したので新規採用が進まない』
次に②のケースでは、障がい者の受け入れを了承してくれる部署がなかなか見つからず、やっと手を上げてくれた部署に配属したにもかかわらず、業務とのミスマッチと体調不良により早期退職となってしまい、苦労した経験だけが当時の担当者だった上司の記憶に刷り込まれてしまったために障がい者採用があまり進んでいないという会社の事例でした。
この②のケースでも障がい者の雇用に向けた準備が足りなかったことが原因のひとつだったのではと考えてしまいます。
障がい者法定雇用率という制度は、この国の障がい者雇用を大きく前進させた要因のひとつであることは明らかです。しかしながら、法定雇用率の達成にばかり重きを置いた組織では、労働力としての障がい者が職場で役に立つ存在として認識されるような環境の構築への必要性まで考えられていないために、結果として障がい者の雇用や職場定着が実現できていません。
言い換えれば、障がい者であっても職場として必要な人材なのであれば雇用し、求める役割に就いてもらい、しっかりと成果を上げてもらう環境を作ることにリソースを投入してほしいと考えます。
その場合、障がい者に対する従業員の理解を進める活動から始め、障がい者が勤務する際に求める合理的配慮を提供できるように理解を深めていくということではないでしょうか。
今後、障がい者の雇用が進んでいくということは、職場で求める合理的配慮の中身も多様になってくると思います。現在の障がい者雇用とは「知らない」状態でもなんとか雇用ができた時代から大きく進み、個々の障がい者と向き合い、本人が仕事を通じて活躍し、人の役に立てる存在になるための環境整備が重要だと思います。