現在、障がい者の求人採用や雇用に取り組む企業の多くが障がい者の雇用義務が課せられ、法定雇用率の達成を目指しているところだと思います。今年度2024年4月からは障がい者雇用促進法の改正に伴って法定雇用率が引き上げられたことにより、今後も企業による障がい者の求人募集数がより一層増加することが予想されます。
企業が進める障がい者雇用は法定雇用率の達成が第一の目的になっている一方で障がい者雇用を通じて数値達成だけではなく企業が目指す組織の在り方を形作るヒントを得る機会にもなり得るのではないかと考えています。これは日頃から様々な企業の障がい者雇用に関わる中で強く感じる部分でもあります。
今回ミルマガジンでは、東京都内にあるYORISOU社会保険労務士法人が取り組んでいる障がい者雇用をご紹介します。取材当日は同法人の代表である松山 純子氏とプレシャスワークデザイン室主任の柏原 花菜氏からお話をお聞きしました。
◯障がい者雇用に取り組んだきっかけ・背景
《話・松山氏、柏原氏》
当法人は社会保険労務士法人として企業からの人事労務に関連したご相談への対応と障がいのある方が受給対象となる障がい年金の申請に関するご相談に対応しております。
我々が障がい者雇用に取り組んだ理由について大きくふたつのことが挙げられます。
ひとつ目は代表である私がこの法人を立ち上げる前に10年以上勤務していました社会福祉法人での経験があります。その社会福祉法人では障がい者も職員として一緒にはたらいているところで、私は総務系の部門で勤務していたのですが、勤務の特徴のひとつとして自分の体調に合ったはたらき方を選択できる職場でした。もちろん、はたらき方を選択できる分、与えられた役割・業務成果については障がいの有無に関わらず責任を持って取り組むことを職員全員が認識していましたし、それにより皆がはたらくことへの喜びを感じられるような組織でした。
はたらき方を選択できる環境でしたので重度の障がい者もたくさんはたらいていました。そのような環境へ大学卒業後に社会人として初めて入社した私にとっては、前職でのはたらき方や職場環境というのは世の中のほとんどの会社も同じなのだと思っていましたが、平成18年に松山純子社会保険労務士事務所(平成29年YORISOU社会保険労務士法人と改称)を開業し、一般企業からのご相談を受けた時にそうではないことを初めて知ることになりました。
当時は、具合が悪くなるとはたらけなくなったり、短時間勤務を希望しても実現することが難しく退職してしまうことが少なくありませんでした。前職では、はたらき方を選択できる環境でしたから、仮にフルタイムで勤務していた方が体調を崩してしまっても短時間勤務に変更することが可能な職場でしたので、一般的な企業でのはたらく環境にギャップを感じました。健康な状態であっても心身も含めてはたらく中で体調を崩すことは誰にでも起こる可能性があります。
今の世の中のはたらき方に疑問を感じ、前職の社会福祉法人で色々な人がはたらく職場を見てきた自分としては、「それぞれの人に合ったはたらき方が実現できる組織を作りたい」「いつか自分の会社で障がいのある人を雇用したい」という考えがきっかけでした。
もうひとつは、当法人では企業からの人事労務に関するご相談だけではなく、障がい当事者から障がい年金についてのご相談にも対応しています。
例えば、企業から従業員の雇用に関わるご相談があった際、その会社の就業規則や雇用契約の内容に意識が向きがちになってしまい、会社と当事者の関係性や背景といった、書面には記載されていないところにあるかもしれない大切なことを見落としてしまわないかと危惧することがありました。それは相談相手が障がい者であっても同じです。
書面や判例に目を通すことも大切ですが、それだけで判断をするのではなく相談相手の声に耳を傾けることや生活の状況や困りごとにも配慮する姿勢も我々にとって重要な役割であると感じています。それは人を大切にする気持ちにつながることであると。おそらく障がいのある人たちと一緒にはたらく経験を通じて理解が深まるのではないだろうかと考えて、障がい者雇用を進めることになりました。
◯障がい者の企業実習による気づき
当法人の業務の中には障がい者の生活に関連した相談に対応することが少なくありません。そのため、従業員には障がいのある方への理解を深めてもらうことが重要であると考えています。
また、代表である私の前職での経験もあり、どうすれば障がい者との関わりを多く持つ機会を設けることができるだろうと考え、はたらきたい障がい者が利用している福祉サービスのひとつである就労支援事業所を通じて企業実習の受け入れを始めました。
実習受け入れをやってみると、社内の反応が様々なのだと気づくことがありました。
当法人では企業からの人事労務に関する相談に対応する部門の「顧問チーム」と障がい当事者からの年金に関する相談に対応する部門の「障がい年金チーム」を設けています。「顧問チーム」は企業からの連絡相談に対応する役割のためやり取りをする相手は企業経営者や担当者が多くなります。障がい者と接する機会が少ないため、初めて企業実習として障がい者の実習生を受け入れる際、「顧問チーム」のメンバーは障がい者に関する書籍や実習生のプロフィールから得られた情報をもとに受け入れ準備に取り掛かりました。
一方「障がい年金チーム」のメンバーは実習生が困らない程度の準備にとどまり、あとは本人が来られた時に要望や求める配慮について確認しながら進めていくという姿勢でした。「障がい年金チーム」の主な業務のひとつは障がいのある方たちからの相談を聞き、本人にとって最適な答えを提案することですから、日常的に障がい者と接する機会が多くなりますので、自ずと「障がい者」に対する理解が生まれます。普段から障がい者との関わりが限られている「顧問チーム」にとって障がい者の受け入れは「怖い」と感じてしまっている印象を受けました。
それは自分が大学卒業後に初めて就職した社会福祉法人で初めて障がい者の方たちを見た時と同じ感覚だったと思います。誰もが知らないこと、経験不足な場面に直面すると緊張が強くなったり拒否反応が出てしまうものだと思います。
「顧問チーム」からは企業実習による障がい者の受け入れをストップして欲しいと要望があったのですが、その後も継続して色々な実習生を受け入れてきました。それは「障がい年金チーム」の障がい者に対する理解と知識・経験を土台にすれば、仮に問題が発生しても十分乗り越えることができると感じたため心配は小さなものでした。
◯自社の障がい者雇用を通して
《話・松山氏、柏原氏》
現在、当法人では2名の障がいのある従業員に活躍してもらっています。
採用には企業実習に参加していただき、我々のことを理解していただいた上で入社してもらいました。ひとりは入社して1年になりました。もうひとりもあと1ヶ月で同じく入社1年になります。今後、当法人の障がい者雇用については、2名が今以上に活躍できるようになって欲しいと思っています。2名が入社して約1年が経過した今、徐々に任せられている業務が増えている一方で周囲の従業員が見守っている部分がもしかすると過保護になり過ぎている面もあるように感じています。
我々にとって障がいの雇用として2名の受け入れをしたのが初めてでしたので、手探りの中で理解を深めていくところもあります。近い将来、我々の組織が障がい者の雇用を普通のことだと認識できる職場にしたいと思っています。
次回に続く。