2021年9月、「みんなちがう・だけどおなじ」を合言葉に障がいのある・なしを超えてともに楽しむイベント「トントゥフェスティバル※」が開催されました。
私は運営に協力し、一部出演もさせていただいたのですが、そのひとつがオンラインで視覚障がいの人とトークセッションをするというプログラムでした。このコラムでは、イベント当日までのエピソードや気づき・発見をそのままお伝えしていきたいと思います。
●視覚障がいの人との出会い
トークセッションのキャストとして、イベント主催のNPO法人ディーセントワーク・ラボさんからご紹介いただいたのは、Kさん夫妻。3歳からほぼ全盲のたかしさん、幼少期から弱視で今はほとんど見えなくなっているようこさんは、どちらも企業で働くビジネスパーソンです。
コロナ禍でのイベント準備となったため、Zoomか電話での打ち合わせを想定していましたが、思いがけずたかしさんのほうから「自宅で打ち合わせしませんか」とご提案をいただきました。初顔合わせがお相手のご自宅…というのもなかなかないことですし、私は障がい福祉分野で長く活動していながら、目の見えない方と親しくさせていただいた経験はありませんでした。そんなわけで、初めての体験にワクワクしつつ大変緊張して訪問し、Kさん夫妻と初めてお話させていただいたのは7月末のことでした。
●初対面のエピソード
私は訪問日までにトークセッションの内容案を考えるだけでなく、ご自宅にお邪魔する上でどんな配慮をしたら良いか…と色々考えました。
皆さんにも想像してもらいたいのですが、自宅にお客様が来るとなると私たちは気を遣って掃除したり、もてなし方を考えたり、それに伴って買物に行ったり…個人差はあると思いますがそこそこ労力を使います。目の見えないKさん夫妻は、どれほど来客のための準備が大変か…まずこんなことを考えました。
ましてや、Kさん夫妻と私は初対面です。実はすごく気を遣われているのではないだろうか…さらに、見えないお二人は初対面の私をどのように認知し、信頼できる相手かどうか判断するのだろうか??信用・信頼に必要な情報として、私は何が渡せるだろうか?とはいえ、見える私たちは「見た目」の印象から相手を判断することに慣れ過ぎているらしく、考えても他の方法がなかなか見つかりません。
これは、見えない人との交流を想定することによる大きな気付きでもありました。
私が特に不安を感じたのは、信用・安心のための材料も含め、見えないKさん夫妻と見える自分とが得られる情報の格差についてでした。私は見えるので初対面でも得られる情報が多く、たかしさん、ようこさんは見えないから得られる情報が少ないだろう。それはとても申し訳ないことだ。そんなふうに思っていました。でも今思えば、そのような懸念自体が偏見だったのではないか?とも感じます。
わからないことがあると、できる限り率直に質問するようにしている私は、この不安をお二人にぶつけてみました。ひとまず怪しいものではない、と安心してもらおうと思い、「心配なことはないですか?私について知りたい情報があれば遠慮なく質問してください」と言いました。それに対するたかしさんの答えはこうでした。「ただ見えないだけで、声、話し方、雰囲気、匂いなどですべてわかりますから、心配なことはありませんよ」
…出会って数分以内のことです。そうか!これぞ見えない世界に住む人ならではの力だと思いました。
たかしさんは聴覚、嗅覚、もしかしたら私たちにはない特別な感覚を使って、見える私たちよりもはるかに多くの情報を即座に集めることができるのです。その証拠に、色々な話をする前の段階で、「吉川さんは大阪の方ですか?」となぜか見抜かれました(笑)。相手が関西の人でなければ大阪弁を使わないので、普段周囲の人からそのように言い当てられることはほとんどありません。ですからこれには本当に驚きました。
ご自宅は都内のごく一般的な分譲マンション。室内はきれいに整頓されていて、障がい者向けのリフォーム、特別な用具などは見当たりませんでした。後からわかったことですが、視覚障がいにもいろいろなケースがあり、Kさん夫妻の場合は特別な仕様なしで生活されているとのことでした。
●素敵なおもてなしにびっくり
ランチをご一緒にいかがですか、と事前にお誘いをいただいていたので、厚かましく休日のお昼時にお邪魔しました。たかしさんがパスタを作ってくださったのですが、その手順の鮮やかさは見えないとは思えないほどでした。いえ、むしろ見えないからこそ無駄のない、完璧な動きで調理を進められるのでしょう。その様子に率直に感動してしまいました。
「大阪の人ですか」発言ですっかり気持ちがオープンになった私は、たかしさんと一緒にキッチンのカウンター内に入り、調理の手順を見せてもらいました。シンクとガスレンジの後に冷蔵庫と食器棚がある細長い空間の中で、たかしさんは必要な材料を取り出し調理していきます。ボウルにひき肉、塩コショウ、赤ワイン、何かスパイスを加えて馴染ませておきます。鍋にお湯を沸かしながら、にんにくをみじん切りに。お湯が沸いたかどうかはなんと指先で少し触って確認しパスタを投入。
たかしさんは基本的に指先(爪)を使って状態を確認しながら作業をしているようで、火や刃物を使うことにも全く抵抗はないとのことでした。
フライパンににんにくと赤唐辛子、オレガノ、オリーブオイルを入れ火にかけ、香りを確認したら、ボウルの中身を炒め、自家製のトマトピューレと白ワインでソースを作ります。そこにサクッと湯切りしたパスタを入れてグラナパナード(おろしたてのチーズ)を加えたら完成!パスタの茹で上がりとソースの出来上がりの時間を合わせるのが最重要ポイント!だそうです。
ここでたかしさんは「盛り付けは難しいのでお願いしてもいいですか」と。これも私にとっては意外だったのですが、3人に均等になるように分けること、「見た目に」きれいに盛り付けることなどは得意ではないのだと…なるほど!盛り付けたお皿をようこさんが待つテーブルに運んで、早速実食!肉とワインのコクを感じる本格的な味わいのソース。パスタの茹で加減もアルデンテで完璧。食通のたかしさんならではの味を堪能させていただきました!
食後はコーヒーを手立てで入れてくださる様子にまた感動。安い豆でも挽きたてを丁寧に淹れれば十分においしいですよ。とたかしさん。香りと音を細かく確認しながら淹れるのがポイントのようでした。コーヒーはカップの縁を指先で確認しながら、溢れないように少しずつ注いでくれました。これまた格別の味。
美味しいだけでなく、お二人が終始気さくに話してくださり和やかで楽しい雰囲気。時間を忘れるほど居心地がよく、来客に慣れていらっしゃるのだなぁと感じました。
●オモシロ話いろいろ
食事やお茶をしながら様々な話題で盛り上がりましたが、その一つに私が持参したお菓子についてでした。「抹茶、ほうじ茶、ごまの3種類のクリーム大福。全部で9個あります」と伝えると、たかしさんは、「こういう場合、箱の中でどんな順番に並んでいるか考えます。この列が抹茶だと、外側がごまですか?」そうか、こんな風に初めてのものも推理して認識していくんだな。何だかクイズみたいで面白い!
それから「焼き加減を音で認識する」という話。たかしさんは鶏肉をフライパンで焼くときに、火が通ったかどうか音でわかるそうなのです。トークセッションでは視覚以外の感覚を研ぎ澄ます体験として、焼き加減ごとに音源を準備してクイズにするのも面白いかも?という話になりました。実際に後から音源データをいただいたのですが、私はさっぱり違いがわかりませんでした(笑)
知的で怖いものなしのように見えるたかしさんの弱点についても、話題になりました。ものを正確に認識することには強いたかしさんですが、それだけにデフォルメされたものを理解することは難しいとのこと。例えば、頭や顔が極端に大きいキャラクターを「かわいい」という感覚がわからないのだそうです。そういえばミッキーマウス等のキャラクターも動物のぬいぐるみなども、頭と顔が大きいですよね。これも私たちの生活の中では当たり前となっているだけに、なるほどなあと思い、興味深く感じました。
たかしさん、ようこさんともにアロマセラピーの趣味もあるそうですが、匂いの話でこの日印象に残ったこともありました。初対面の私を「匂いで認識する」という話から、どんな匂いかちょっと気になると伝えたところ、たかしさんから「白檀のような香りがする」と言われました。これは何気なくつけていたハンドローションの香りだったのですが、後で調べると「アロマティックウッド」という名前でした。自分の好きな香りを成分も含めて意識するきっかけになり、感覚の幅が広がった気がしました。
【後編に続く】