インタビュー:慶応義塾大学商学部教授 中島隆信さん

障がい者の雇用を広める活動をしていますと各方面でご活躍されている有識者の皆さんと出会う機会に恵まれます。

「企業の人事担当者」「就労系支援機関関係者」「障がい者を応援するサポーター」「大学の先生」「行政機関の担当者」など、有識者の皆さん出会う度に思うのは、「障がい者」×「働く」というテーマにはまだまだ多くの学びの場が存在するということです。現在、企業が実践している障がい者の雇用と言われているものには、もっと多くの可能性があるのだということを感じさせてくれます。

以前にミルマガジンでもご紹介しました書籍「障がい者の経済学」「新版 障がい者の経済学」の著者である中島隆信氏もそのおひとりで、普段は慶応義塾大学商学部の教授として教壇に立たれています。
この度、中島氏にお時間をいただき、先日出版されました「新版 障がい者の経済学」のお話を中心に、興味深いお話を聞かせていただきました。

おすすめ書籍「新版 障がい者の経済学」

2018.06.15

「新版 障がい者の経済学」について

前著書である「障がい者の経済学」を執筆した時期は、障がい者を取り巻く環境について今ほど詳しい立場ではありませんでした。元々は障がいを持つ子の親としてのポジションから関わり始めたのですが、障がい者本人とその家族が置かれている環境をもっと世の中に伝えていきたい。そのためには、障がいを持つ子の親よりも中立の立場から語るべきだろう。それに加えて、経済学者としての視点を取り入れてみようということからでした。それをきっかけに、障がい者に関連したシンポジウムなどに登壇する機会が増え、全国で講演することが多くなりました。

「障がい者の経済学」出版から10年以上が経過したことで、当時と比べて法律が変わりそれに連なる福祉などの支援の形も大きく変化してきました。それに伴って障がい者を取り巻く環境も変化してきたため、改めて現状を正しく知ってもらうために「新版 障がい者の経済学」を書き下ろすことにしました。

今、世間では多様性ということばが使われるようになり、障がいの有る無しに関係なく個々が持つ特性を周囲が認知する世の中づくりという動きが見られます。その一方で障がい者のことを知るための情報リソースというのは多くないと感じています。

この「新版 障がい者の経済学」でしか語られていない障がいを持つ当事者がどのような環境で生活しているのかを詳しく知ることができると思います。

「障がい者」×「働く」について

多くの企業が法律による義務感から障がい者の雇用に取り組んでいます。すべての企業が法律に従った状態で法定雇用率に合わせて一律に障がい者を雇用するというのには限界があると感じています。

特に中小企業であれば、従業員ひとりひとりに与えられる役割は密度の濃い内容となるため、ハンディのある障がい者の雇用に二の足を踏んでしまうのも納得のいく点であり、厚生労働省から毎年発表される「障害者雇用状況の集計結果」にも見られるように、従業員規模の小さな企業ほど法定雇用率の未達成割合が高くなっています

また、就労系福祉事業所でも抱えている問題があります。記憶に新しいお話ですが、岡山県と愛知県で続けて発生しました就労継続支援A型事業所が廃業したために起こった雇用されていた障がい者の多くが失業状態となったニュースがありました。これは、厚生労働省からの「福祉サービスにより受給した補助金を障がい者の給料として充当してはならない」という通達事項により、事業所運営が成立しなくなった事業所によるものでした。当初からルールとして設定されていたことを改めて通達しただけなのですが、これで理解できるように、世の中のA型事業所は国からの補助金頼みのところが多く、一般ビジネスとしての収支モデルで運営しているところは限られているという点が問題なのではないでしょうか。

このような企業と福祉事業所の問題点を解決するアイデアとして著書にも詳しく記してある「みなし雇用」という考えがあります。

簡単に説明すると、障がい者を雇用したくても実現できない(中小)企業が、地域にあるA型事業所に対して入力業務や封入作業などを委託します。委託業務の分量に合わせて「障がい者〇人分の労働力」という形で雇用率に反映させるものです。これをすることで、中小企業は障害者雇用を無理やり社内にはめ込む必要はなく、ひとり分にも満たない切り出し業務を委託することで自社の雇用率としてみなしてもらえます。A型事業所は地域にある企業から一定数の業務を請け負うことで雇用している障がい者に給与を支払うことができ、企業を知るためのパイプ作りの一環としても役立てることができます。

今の障がい者を取り巻く環境で気づくこと

この「新版 障がい者の経済学」の執筆にあたって強く感じたことがあります。

それは、前著書から10年以上の間に関わった多くの方々のお陰で、多方面での取材協力や情報収集に大いに役立ちました。特に海外における事例に関する取材にでは多くの経験をすることができました。

その中で変わらないと思うこともありました。それは、障がい者を支援する側の閉鎖的な意識です。個人的な考えとして、障がい者の自立を後押しする立場であれば、障がい者のことを知ろうとする方々に対して協力的な姿勢を持つべきなのですが、取材や見学を申し込むといろいろな理由を並べて断ろうとします。これでは、障がい者に対する理解は進みません。これは、雇用を進める企業との関係性を悪くしてしまうことにもなり兼ねません。これからは、障がい者をより広く認識してもらうための活動が必要ではないでしょうか。

それと、障がい者という定義を見直すことも考えてみたいと思います。「新版 障がい者の経済学」にも記載していますが、従来の障がい者を定義する「医学モデル」という考え方から「社会モデル」への移行です。

「医学モデル」とは

何らかの機能不全(足が動かない、目が見えないなど)の存在が障がいの前提になっており、その判断をするのは医学的な知識を有する医師であることから、こうした障がいの定義づけを「医学モデル」という。

「社会モデル」とは

機能不全があっても社会がそれを問題視していなければ障がいとはいえず、障がい者にもならないということである。したがって、障がいの原因が機能不全ではなく、社会の方にあるという考え方を「社会モデル」という。

※本文からの引用

このような考え方が世の中に浸透すれば、大きさに関わらず機能不全を抱えていれる場合、それが社会への不適応を起こせば障がいになってしまいます。すなわち誰でも障がい者になり得るからである。(例えば、手話によるコミュニケーションが100%取れる人ばかりに囲まれた聴覚障がい者は機能不全による困りごとが解消される)一方で、社会全体が機能不全を障がいにしないような様々な工夫をすることで、障がい者というカテゴリー自体が意味のないものとなり、周囲の私たちが特別に構える必要もなくなるのではないかと考えます。
今回の取材では限られたお時間の中、他にも現在の障がい者を取り巻く環境へ一石を投じるお話しを聞かせていただきました。

私自身が前著書である「障がい者の経済学」をバイブルとして愛読しており、今回の新著「新版 障がい者の経済学」も障がい者に関わる仕事をしている私にとって考えさせられる内容となっています。是非、興味のある方は手にしていただければと思います。

中島先生、取材にご協力いただき、ありがとうございました。

インフォメーション
【就労支援フォーラム NIPPON 2018】
開催日2018年12月8~9日
中島先生は12月9日の下記テーマにてご登壇されます。
「みなし雇用を考える~良質な仕事の確保と重度障がい者の雇用拡大、企業利益の視点から~」
http://hataraku-nippon.jp/forum/

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ABOUTこの記事をかいた人

[障害者雇用コンサルタント]
雇用義務のある企業向けに障害者雇用サポートを提供し、障害者の雇用定着に必要な環境整備・人事向け採用コーディネート・助成金相談、また障害者人材を活かした事業に関するアドバイスを実施。障害者雇用メリットの最大化を提案。その他、船井総研とコラボした勉強会・見学会の開催や助成金講座の講師やコラム執筆など、障害者雇用の普及に精力的に取り組んでいる。

▼アドバイス実施先(一部抜粋)
・opzt株式会社・川崎重工業株式会社・株式会社神戸製鋼所・沢井製薬株式会社・株式会社セイデン・日本開発株式会社・日本電産株式会社・株式会社ティーエルエス・パナソニック株式会社・大阪富士工業株式会社・株式会社船井総合研究所・株式会社リビングプラットフォーム