私が「障がい者の経済学」という本に初めて出会ったのは2012年。私にとって、障害者雇用に関する仕事が役割の大部分を占めるようになっていた頃でした。
この頃は障がい者の雇用や働きに関する情報と現場を知るために多くの方々や企業の職場にお願いをして時間を頂戴していました。書籍も多くの情報を与えてくれるのですが、今と比べて数年前の障がい者に関連する書籍といえば「障がいを持つ子の親の手記」「医療関連」などの内容が多く、「障がい者の雇用や就労」を題材にしたものはほとんど見かけませんでした。そんな時に、立ち寄った書店で目に飛び込んで来たのが「障がい者の経済学」。手に取り数ページに目を落とした後、私の足はレジに向かっていました。
当時の私にとってこの「障がい者の経済学」はとても心に刺さる著書でした。
著者である慶應義塾大学商学部教授の中島隆信氏は、経済学者の立場から障がい者に関連する「親」「福祉」「学校」「制度」「差別」「就労」などについてとてもフラットな視点で分かりやすく解説されています。特に「福祉」と「制度」に対する問題提起は納得のいく内容でした。私も、以前に比べて障がい者福祉は大きな変化の兆しが見えてきていると感じることがあります。近年障がい者福祉の分野への一般企業の参入により、障がい者やその親御さんにとっては多くの選択肢から自分たちの望むサービスを提供してくれる事業所を選択できるようになったことが挙げられます。
ここで、私が「障がい者の経済学」を採用担当者に読んでいただきたいと思うポイントをいくつかご紹介したいと思います。そこには、障害者雇用が進まない企業にとってヒントとなる文章がありました。
ベッカーの差別理論
『ベッカーの差別理論』というのをご存知でしょうか。本文では「偏見を満足させるために利益を自発的に放棄すること」とあり、映画「フィラデルフィア」(主演:トム=ハンクス、デンゼル=ワシントン)やメジャーリーグ球団の話を用いて解説しています。とても興味深い理論だと感じました。私が過去にお会いした雇用率未達成企業に抱く印象は、障がい者を雇わないことで自発的に利益を手放しているというよりは、言い訳となる理由のもと雇用差別の結果として“損を選んでしまっている”という感じでした。
仮に、努力もせずに障害者雇用を達成できていない企業が、障がい者を含めた世の中を対象とした良い商品や良いサービスを提供することが本当にできるのでしょうか。少なくとも人口の約6%は障がい者といわれる中で従業員の家族やその他のユーザーに障がいを持っている人が居るかもしれないということを忘れてはいけません。
間違った思い込みによる障がいへの偏見が、企業の利益放棄へとつながります。
比較優位の原則
次に著書で気になったのが『比較優位の原則』です。これは、「他者と比較するのではなく、自分の中で相対的に得意な仕事に特化することで社会全体の生産量を増やすこと」とあります。この点も障害者雇用を自社で形作る上で重要な考え方になります。
オフィスワークの場面で例えると、昔は事務職でも役割りが専業化されておりスペシャリストのように1人ずつ専門に近い形で仕事に就いていましたが、今は1人が広い範囲の業務を担当するゼネラリストのような能力が求められています。WordやExcel、PowerPointのスキルが一定レベル必要であったり、人とのコミュニケーション力を問われたりなど。これらの能力がなければ、採用してもらえなかったり、役割のある仕事に就けなかったりするのですが、この原則では、その人が一番能力を発揮する業務に就かせることで生産性の向上を目指すというものです。
本文では、「魚」と「肉」の加工処理をする能力を例として3人の労働者の話が記載されています。今までは3人とも1日の中で「魚」と「肉」の両方を加工処理していましたが、Aさんは加工処理の得意な「魚」に特化し、残りのBさんとCさんは2人が得意な「肉」の加工処理を選任するようになった結果、トータルの生産量が25%も向上されたという内容でした。この例題は、各企業の業務に置き換えて考えてみてください。今までになかった発想となるはずです。
理にかなった配慮
前項「比較優位の原則」につながる内容になりますが、人には得手不得手が必ずあります。採用の時点で数字が苦手と分かっている人を経理業務へ就かせることはありません。また、人付き合いが得意でない人材を営業の仕事に就かせることもミスマッチとなりますので違う役割りを与えることを『理にかなった配慮』といいます。
障がいを持つ人材への業務の切り出しや配属に関しても同様の配慮をすることで雇用の定着を実現することが出来ると本著では解説します。例えば、細かい部分の間違いを見つけ出す能力が必要な業務には自閉症を持つ障がい者が適任かもしれません。また、機械の作動音がうるさい職場での検品作業であれば聴覚障がい者が最適な人選となるのではないでしょうか。
採用担当者をはじめ企業の皆さんにも読んで欲しい一冊
少し視野を広げてみてください。これらの考え方は障がい者に限らず、働き方にハンディを持つ人材を活かせることが出来ます。人材を活かす術を知っているということは、経営課題として多くの企業が抱える労働者問題の解消にもつながるはずです。