今回ご紹介する書籍は、「障がい福祉の学ぶ働く暮らすを変えた5人のビジネス」です。
この書籍では5人の語り手たちが自分たちの事業を通して「障がい者の雇用」にまつわる実体験を綴っており、題名に「ビジネス」という文字が見られますが、人事担当者はもちろん、経営者・福祉事業所・障がい者とそのご家族、すべての立場の方々が「私たちにとってのヒントがここにある!」と気付く内容になっていると感じましたので、是非多くの方に読んでいただきたい一冊だと思います。
5人の語り手は、各事業の代表の方々になり、それぞれ違った視点から障がいのある人たちの「雇用」「共生」「ビジネス」について分かりやすく伝えてくれています。
「社会福祉法人鞍手ゆたか福祉会」長谷川正人氏
『障がい者を支援する福祉の視点から』
書籍ではこれまでになかった新しい支援事業として生まれた福祉型カレッジ「ゆたかカレッジ」のことが紹介されています。長谷川氏が代表をされている「ゆたかカレッジ」とは障がい者総合支援法という法律に基づいて設置される「自立訓練事業」と「就労移行支援事業」のふたつを組み合わせた多機能型の福祉事業所となります。
従来、特別支援学校を卒業した障がいのある生徒たちのうち、一般企業へ就職する一部を除いて、そのほとんどが就労継続支援B型事業所などの福祉事業所へ通うという選択肢を選んでいるために、教育を受ける環境から外れてしまいます。「ゆたかカレッジ」では就職にむけた技術を習得する前に、「学びの場」によって支援学校ではじっくりと教えてもらう機会が少なかった「社会性」や「責任感」といった部分を身に着け成長していくことができるということです。
これは、障がい者本人だけではなく障がい者の求人活動に力を入れている企業にとってもメリットのある事業であるといえます。障がいのある方たちの中には学び習得するのに他の人たちよりも時間が必要なケースが少なくありません。就職先企業で認められ、社会で自立を目指すためには個々の能力に適した時間と習得方法が必要だと感じます。
「有限会社まるみ」三鴨枝子氏
『障がい者も一人の戦力として雇用する企業の視点から』
障がい者の雇用義務がないこちらの会社での取り組みは「障がい者の雇用」という目線ではなく、「個々の特徴を活かす雇用」を目指しているように見えました。
三鴨氏が実践している雇用は、障がいの有無に関係なくその人が持つ特徴に対して、矯正させるのではなく会社側が寄り添う姿勢を持つことで、誰一人不必要な人材が存在しない組織を作りました。私は日頃から、現状に見られる「個性を必要としない雇用」から「個性を伸ばし活かす雇用」への転換に障害者雇用をきっかけとしてもらえると良いのではないかと考えています。
誰もが同一の能力であることを前提に同一の成果を求める環境は、障がい者や日常に生きづらさを感じている人材にとって居場所はあるのでしょうか。機械のように会社で働く世の中よりも、自分を活かせる世の中を目指すことを考えてみたいと思います。「有限会社まるみ」が実践している組織は、真の「共生社会」を実現している企業だといえます。
自社の障害者雇用を本気で変えたいと考えている企業や人事担当者にとって多くの気付きを与えてくれる事例だと思います。
「ぜんち共済株式会社」榎本重秋氏
『障がい者とそのご家族を支える保険会社の視点から』
皆さんが当たり前のように加入できる「保険」。実は、障がいのある人たちにとって、国の制度として認可されている「保険」に加入するためには高いハードルを越えないといけないという事実があることをご存知でしょうか。
「障がい者」とは「様々な理由により心身機能に著しい障がいがあるため、継続的に日常生活や社会生活に相当な制限を受ける状態にあるもの」と定められています。また、「障がい者手帳」とは障がいが原因で感じる日常生活の生きづらさを補い、あらゆる人間が持つ「生きる権利」を履行するため、様々な支援を受ける資格を証明する特別なパスポートです。従って、個々の障がい者が普段の生活を安心安全に送る上で誰もが受けられる保障制度のもとで生きていくことができるはずなのです。
障がいのある人たちでも加入できる保険サービスに特化した「ぜんち共済株式会社」を設立した榎本氏は、これから障害者雇用が加速する現代にある企業や障がい者とそのご家族に安心した生活を提供するという夢を実現させましたが、その道のりは決して平たんなものではありませんでした。しかし、榎本氏が苦労の末に設立した理由を知ることで、障がい者に対する考えが大きく変わると思います。
「NPO法人AlonAlon」那部智史氏
『福祉業界に新風を吹き込む実業家の視点から』
障がい者を対象にした就労支援福祉事業は大きく分けて「就労継続支援A型事業」「就労継続支援B型事業」「就労移行支援事業」の3つが存在します。
現在、国内にある就労支援福祉事業で最も多い施設が「就労継続支援B型事業」になるのですが、事業の大きな課題のひとつとして挙げられているものがあります。それは、工賃の安さです。工賃とは、就労継続支援B型事業所を運営する法人とそこに通う障がい者との間には雇用契約がありませんので、あくまでも職業訓練の一環として携わる作業への対価である最低賃金と区別された賃金ということになります。その賃金額が全国平均にして200円にも満たないという事実があり、雇用による作業との区別した見方に対して様々な声が挙げられています。
実は、こちらの「NPO法人AlonAlon」では、胡蝶蘭の栽培を就労訓練として提供する就労継続支援B型事業所「オーキッドガーデン」を運営しているのですが、最も高い工賃をもらっている障がい者は10万円の月給を受け取っています。「オーキッドガーデン」で障がい者が育てた胡蝶蘭は徹底した品質管理により、多くの企業や政治家、個人からの注文も増えてきていることで自立できる程度の工賃を払うことができています。
では、なぜ多くの事業所が大きな課題のひとつとして抱えている工賃の安さをクリアすることができたのでしょうか。そこには代表那部氏の現代の障がい者福祉に対する強い想いがきっかけだったと思います。
那部氏のように、障がい者福祉に足を踏み入れた実業家はたくさんいましたが、「オーキッドガーデン」はこれまでの福祉の枠を飛び越えた、新しい障がい者福祉の形だと感じました。
「ありがとうショップ」砂長美ん氏
『障がい者の当り前を変える当事者の視点から』
最後にご紹介するのは今回の書籍を監修された「ありがとうショップ」代表の砂長氏です。障がいがある立場だからできることをやろうという考えから「今ある障がい者の当り前」を変えるために行動に移した素晴らしい女性です。
人はどこか受け身なところがあり、「誰かが行動する」のを待っています。障がい者であれば、より受け身な考え方をしてしまう場面も少なくないと思います。砂長氏のエピソードで印象的だったのは、「障がい者が頑張ったから買ってください。では人は動かない。お客様が欲しいものを提供すれば買ってくれる。」という答えにたどり着き、自ら実現させたことです。砂長氏には「立ち止まる」ということばが存在しないのではないかと感じるぐらい行動力の強い人物です。
また、彼女の実践してきたことを見ると一般的な障がい者に対するイメージを大きく変える人物だと思います。それは、決して砂長氏が特別な障がい者ではなく、障がいがあっても世の中を変えることができるんだということを証明してくれているようです。
これまで「障がい者」と「ビジネス」という組み合わせについて、どこか慈善事業のような捉え方があったり、または不健全な見方をされることもあったのではないでしょうか。しかし、今回ご紹介した5つの事業には「障がい者の人生」について真剣に取り組む一方で、しっかりと事業として自立できているお話しでした。
それぞれの立場で感じるところが大いにある書籍です。