法定雇用率がこれまでの2.3%から2024年4月1日に2.5%、2026年7月1日に2.7%に引き上げられることになりました。近年は企業ではたらく精神障がい者・発達障がい者が増加しており、雇用の伸び率を障がい特性別に見ると精神障がい者が最も高くなっています。
発達障がい者はメディアにも取り上げられることが多くなり、普段関わりの少ない人も発達障がい者というワードを耳や目にする機会が増えていると思います。障がい者が日常の生活で感じている不便や困りごとを周囲が理解したり気付いたりすることが難しいことも少なくありません。特に発達障がいでは、個々に見られる特性は特異だと感じる点も多いため、周囲との摩擦に悩む当事者からの相談もよく耳にします。
企業ではたらく発達障がい者が増えたことに伴い、大なり小なり職場でトラブルが発生していると思います。一方で、職場で起こるトラブルを障がい者や周囲の方々が共に考え対処しながら、それらを経験と知識として蓄え、障がい者雇用マネジメントに役立てている企業が増えています。
今回ご紹介するのは著者自身が発達障がいの当事者としての立場から綴った『障害者・グレーゾーンかもしれない人の仕事術』という書籍です。
これまでいくつものアルバイトを経験するも、障がい特性が原因で長続きしなかった著者が転職であるナレーターの仕事を20年以上続け、夫やお子さんの理解と協力の中で家族との生活を送る中で実践するライフハックを場面ごとにまとめた内容になっています。
発達障がいの当事者や自分はグレーゾーンかもと感じている人を対象としている著書であるのはもちろんなのですが、周囲で勤務する従業員や上司の方も、職場で業務の進め方・人間関係で困っている当事者と一緒に対処法を考える「ヒント集」としてぜひ一読していただきたいと思います。
「ヒント集」としていただきたいというのは、私の経験談なのですが、今回ご紹介の同著や他にインターネットで目にする発達障がいの困りごと解決法やライフハックについて、当事者にそのままお伝えしても、取り入れてもらえないことがありました。
当事者曰く「これまで、困りごとを解消するために、他の発達障がい者が実践している工夫をいくつも試してみたが自分にとってしっくりいったものに出会うことはなかった」と答える人が多々ありました。おそらく周囲が感じている以上に困りや不便を日常的に感じていて、藁をもすがる気持ちで試しては思い通りにならなかった悔しい思いをたくさん経験してきたからだと思います。
そのため「解決策だから大丈夫!」といった楽観的な気持ちで提案するよりも、「もしかするとこの書籍に困りごと解決の糸口になるヒントが隠れているかも」ぐらいのトーンで話しかけてもらいたいと思います。
著書では、7つの場面やテーマに分かれていて、それぞれが小さな題として一見開きで収まるように書かれている点や聞きなれない用語もほとんどないため、知識や経験が少なくても読み進めやすい文章になっています。
本著を読むと、これだけの対処法・ライフハックを実践しないといけない場面がこの社会には存在していること。発達障がい者に限らず障がい者やグレーゾーンの人たちにとっては生きづらい世の中であることを改めて感じさせられました。しかしながら、障がい者にとって行きづらい世の中であることを周囲が認識し、場面ごとの困りや不便を解消するための方法を一緒に見つけるという考え方は多様性が社会にとって市民権を獲得し、公平な世の中を構築させる一端を担うように感じます。
また、読み進めていくと著者のような発達障がい者視点で書かれている本文の中には、診断を受けていない自分にも当てはまると感じるシーンがいくつか見られます。発達障がい者は普段の生活で感じる困りごとが我々よりも多いのですが、それぞれのシチュエーションのフォーカスを当ててみると、障がい者でなくとも同様の困りを感じることがあるということが分かります。
繰り返しになりますが、障がい者が日常生活を送る中で「困る」「不便」「不自由」と感じる場面がとても多く存在します。しかし普段の生活で「困る」「不便」「不自由」とは誰しもが感じます。そういった時、ひとりで解決したり我慢したり諦めたりするよりも、誰かと一緒に対処する方法を考え実行できる社会が望ましいと考えます。
他人の困りごとを自分ごとのように感じることは非常に難しいことです。でも困っている人に寄り添い、理解を進める努力は相手を安心させる行為になります。障がいの有無に限らず、相互に助け合える組織はこれからの時代に求められる姿だと感じます。
定価1,500円+税
著 者:中村郁(なかむら・いく)
ナレーター、声優(株式会社キャラ所属)。
注意欠如・多動症(ADHD)、自閉スペクトラム症(ASD)併存の診断を受けた発達障がい当事者。発達障がいの当事者会「ぐちゃぐちゃ頭の活かし方」主催。
幼い頃より、過剰に集中しすぎてしまう「過集中」に悩まされる。それでいて注意力散漫で、毎日忘れ物やケアレスミスだらけ。人とのコミュニケーションも苦手で常に眉間にシワを寄せた辛い子供時代を過ごす。
学生時代は、ADHD、ASDの特性が災いし、数々のアルバイトを首になり、あるバイト先の店長からは「社会不適合者」の烙印を押される。「自分にできる仕事などない」と自暴自棄になって、就職活動することを放棄するが、偶然が重なり、ナレーター事務所に所属することに。マイクの前でひたすら喋るナレーターの業務は、究極のシングルタスク。偶然にも適職に出会うこととなる。もう絶対にクビになりたくない、という強い想いから、発達障がいを持ちながらも大きなミスをしないための数々のライフハックを生み出し、仕事に取り組む。以後、22年間、産休以外で一度も仕事を休んだことはない。
現在は、全国ネットの番組のナレーションやCMナレーションを多数務めながら、発達障がいについての理解を世の中に広めるため、発達障がい当事者として、執筆や全国各地で講演活動も精力的に行っている。著書に『発達障がいで「ぐちゃぐちゃな私」が最高に輝く方法』(秀和システム)がある。
発行所:株式会社かんき出版
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