現在、障がい者の雇用取り組みは社会的に解決すべき課題のひとつとしての認識が進み、法律を遵守する意識や義務感の高い企業ほど、障がいのある人材の活用やその先にある本人たちの将来設計・キャリアアップといった観点も持ち合わせた雇用実現を目指しています。
障がい者雇用が企業組織の中での理解が進む一方で、様々な課題も顕在化されています。
また現在は、今回の新型コロナウイルスの影響もあり、障がいの有無に関係なくこれまでの仕事の様式が大きく見直される転換期を迎えています。
このような時代において、「阪和興業株式会社(東京・大阪本社)」と「株式会社革靴をはいた猫(京都本社)」両社によるチャレンジとして障がい者の新しいはたらき方と雇用が生まれようとしています。
今回、ミルマガジンでは両社が取り組む新たなチャレンジを阪和興業株式会社 ダイバーシティ推進室長の辻敏彦氏、株式会社革靴をはいた猫 代表取締役の魚見航大氏に詳しく聞かせていただきました。インタビューを通して、障がい者雇用に取り組む企業が直面する課題や協業による新しい雇用のかたちが見えてきました。
お互いの印象
–最初にお二人が出会ったのは2019年5月に京都にある革靴をはいた猫のお店でしたが、当時の両社の状況とお互いの印象を聞かせてください。
辻氏
株式会社というひとつの法人の立場で見たときに、社内にある業務から障がい者の方たちに就いてもらう仕事を切り出すというオーソドックスな現状の障がい者雇用は継続させつつ、障がいのある方たちの特性や強みを活かせるような新しい職域にも目を向けようと活動をしているときでした。実は数年前から「新しい事業による障がい者の雇用」に大きな期待を抱き、情報収集や現地視察などにも精力的に取り組んでいる時期でもありました。
新しいチャレンジへの準備を進める中、魚見社長の革靴をはいた猫さんで実践している「障がい者の靴磨き職人」のことを耳にして、是非この目で見てみたいと思いお店を訪問しました。当初、靴磨き×障がい者という組み合わせが珍しいと感じた一方で、靴磨きによるビジネスという視点はあまり高くなく、どちらかといえば半信半疑な気持ちだったのが正直なところでした。
しかし、その気持ちが良い意味で裏切られるわけです。それまで、自分の(革)靴をお金を払って磨いてもらうという習慣がなく、自宅で嫁さんが簡単に汚れを落とす程度に磨いてくれていただけでした。
初めてお店に訪問した際、試しに履いていた靴の靴磨きをお願いしたところ大変大きなショックを受けたわけです。それは、『磨かれた靴の出来栄えに対する感動』であったり『靴に足を通した時の高揚感』に心を揺さぶられたのを覚えています。「人のために何かを行い、それに対して対価をいただく」というものが『ビジネスの原点』ではないだろうかと思いました。
魚見社長のところで提供されている靴磨きというサービスは、単なる靴磨きではなく「靴磨きを通して伝えられることがある」ということを感じた瞬間でした。
魚見社長に感じた印象は、非常にお若いのに魅力ある人物だということです。私は、普段から冗談を言ったり、場を盛り上げたりすることが好きなんですが、魚見社長はなかなかこちらのペースに乗ってきてくれず、物静かな雰囲気を出しているところが惹きつけられますね。
魚見氏
当社は京都市役所の近くにある店舗での靴磨き事業を中心に、ご要望のあった企業やホテル、施設へ出向いての出張靴磨きサービスも提供しています。
事業を始めた当初から障がい者2名を正社員として雇用し、靴磨き職人としての技術を習得したその2名が中心となってサービスを提供しているのですが、今では接客から靴磨き、問合せなどの店頭での対応は障がいのある2名だけでおこなっています。
メディアでも取り上げていただく機会が増え、お陰様で少しずつではありますが当社のことを知っていただいた方が遠方にもかかわらずわざわざ店舗にまで靴を持って来ていただいたり、企業から声を掛けていただくことも多くなってきています。
そのような中で阪和興業の辻さんから訪問のお話をいただき、当時はどのような対応をすればいいのか分からず、落ち着かなかったことと、まさか現在のような関係にまで進むとは全く想像もできませんでした。
辻さんにお会いしたときの印象は、初対面から陽気な方だなぁと思いました。今まで、大阪の企業の方とじっくりとお話をしたこともありませんでしたので、とても緊張していたことを覚えています。
お互い企業ですから、ビジネスとしての関係というのはありつつ、単なる仕事だけのお付き合いということではなく、辻さんが磨かれた靴を見たときの反応を拝見して、これから仕事をご一緒したいと思いました。
障がい者雇用を通じて
–お二人は初対面から好印象だったんですね。
我々から見ていて阪和興業は障がい者雇用に非常に積極的だと感じますが、それには何か理由があるのでしょうか。
辻氏
当社は、障がい者総合支援法に基づいた障がい者の雇用義務のある企業です。
そのため、当社で実施する取り組みの場合、「法定雇用率を遵守する」という第一の目的を忘れてはいけません。この点についてはしっかりと追及していきたいと考えていますので、様々な形態の雇用を実現したとしても結果として未達成なのであればそれは成果が伴っていないという評価になります。
ここ数年、当社の障がい者雇用数は法定雇用率がギリギリの数値だったこともあり、これまでの雇用の枠を超えた障がい者のはたらく場所を創造すること(=本業と違った雇用)も検討のひとつではないかと感じていました。
普段、企業説明会などの学生を対象にした自社の紹介の場では、「商社である当社は枠に捉われず何でもできる会社だ」という話をしてきたのですが、実際はどうなのかと考えたときに、これからは我々のような管理部門からも発信してみてはどうかという想いがありました。そのため、社内に向けたアピールという意味でも障がい者雇用を通じて「商社である強み」というものを改めて伝えていきたかった。
直近では、新型コロナウイルス対策以前からテレワークを通じて地方にお住いのの障がい者を対象にした雇用をスタートさせ、徐々にでは結果が出始め、障がい者に対する社内の理解向上も意識した取り組みとなっています。自分たちが証明することで「既存の枠にとらわれずにチャレンジする」ことを推し進めていきたいと考えています。
しかしながら、ダイバーシティ推進室の役割は難しく、目に見えるような具体的な活動を自社だけで実施していくことには限界も感じています。時には外部から光を当てることも有効だと考え、革靴をはいた猫さんの取り組みと掛け合わせた新しいスタイルを実現することで「阪和興業らしさ」を見つけたいと思っています。
従業員の育成
–辻さんの障がい者雇用に掛ける強い想いを感じさせます。
次に魚見さんにお聞きしますが、革靴をはいた猫さんで実践されている靴磨きを通じた人材育成について教えてください。
魚見氏
私を含め当社の設立メンバーである役員は京都にある龍谷大学の出身者です。きっかけというのが大学内に今でも営業している「樹林」というカフェがあります。このカフェですが、実は社会福祉法人向陵会が運営している障がい者就労継続支援B型の事業所で全国的にも珍しい大学内にある支援機関になります。
私が学生だった当時に先輩から誘われて「樹林」に通うようになったことがきっかけで障がい者の方たちと過ごすことが多くなりました。その頃は、どうすれば障がい者が自立できるのかといったことを学生たちが考え実践し、またいろいろなことを試すことができる環境の中で靴磨きという仕事に出会ったのですが、今でもこの「樹林」で得た経験が私たちにとっての原点でした。
我々革靴をはいた猫の創業メンバーは、障がい者福祉の経験者や資格を持った者もおりません。よく企業の方からも障がい者雇用のことを聞かれますが、一度も自分たちのことを障がい者雇用のエキスパートだと思ったことはありません。
在学中に起業し、これまで無我夢中で走ってきました。障がい者との関わり方については自分たちも日々学びながら進んできているというのが本音です。
この度、阪和興業さんの障がい者雇用の現状を踏まえて協業するにあたり、当社ができることは何があるだろうと考えました。当初から今回の雇用モデルがあったわけではなく阪和興業さんと協議を重ねながら、ようやく基礎となる仕組みが出来上がったという感じですね。
当社では障がい者に靴磨きの技術を習得してもらうための研修プログラムがあるのですが、そちらを今回の雇用モデルで求めるものにアレンジを加えて組み立てをしました。
仕事のマニュアルのようにひとつの方法で業務を覚えていくというやり方では障がい者の目線に立った内容とはいえません。目的は仕事を完成させることですから、そのためには障がい特性や苦手な部分を汲み取った個々に適した指導や業務の進め方を用意するということを大切にしました。
当社であれば、靴磨きという仕事の工程を細かく分解し、それぞれの工程で得意不得意な作業を見極めて習得してもらうといった感じです。
今回、研修期間と新型コロナウイルスの自粛期間が重なってしまい、初めてオンラインで研修を実施するということが発生しました。障がいのある方たちが対象ですから、どのようなことが発生するのかをすべて想定することは難しい状況です。実際、テキストやツールを郵送するが文字が読めなくてこちらから伝えたかったことが上手く伝わらないことなども起こりました。
しかし、嬉しかったのは、そのような不自由な状況であっても、障がいのある方たちはそれぞれが自分のできることで我々に着いてきてくれたということです。
次回、両社の協業による新しい障がい者雇用の取り組みについてお伝えいたします。
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『株式会社革靴をはいた猫』
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