「アクセシビリティ(accessibility)」という言葉を聞いたことがあると思います。
アクセシビリティ(accessibility)とは、
元々は「近づきやすさ」「利用しやすさ」と訳され、一般的には「利用する人が製品・サービス、情報などを支障なく活用できる状態」であることを指すときに使われています。
障がい者や高齢者の場合、日常生活に不自由さ・不便を抱える方たちが製品・サービスの活用や情報へのアクセスの際に格差が生じないようにするための活動や取り組みのことをいいます。
人が得る情報のおよそ80%は視覚からだと言われています。そのため、世の中に存在する物事の情報は、目から入ることを前提にした媒介物が多くなります。
例えば、知りたい情報を瞬時に提供してくれる「WEB検索」という仕組みも、視覚に訴えかけるツールです。しかし、本来であれば「便利な製品やツール」「知ってて得する情報」を享受できるにもかかわらず、視覚に障がいがある人は格差を強いられてしまいます。
少し前から、障がい者を対象とした「アクセシビリティ」という考え方が浸透し、視覚や聴覚に障がいのある人たちに向けた、アプリや支援ツールといったサービスの提供が増えてきました。その背景には、企業が持つ価値観の変化により社会的課題にも向き合った経営、多様性を受け入れる組織づくりなどが考えられます。
今回、マイクロソフトが開発しましたスマートフォン(iPhone)用の視覚障がい者に向けた支援ツールアプリ『Seeing AI(シーイング・エーアイ)』につきまして、日本マイクロソフト株式会社 技術統括室 アクセシビリティ担当の大島 友子氏にリモートによる取材にてお話を聞きましたのでご紹介いたします。
『Seeing AI』について】
《話・大島氏》
『Seeing AI』の開発は、アメリカ本社で勤務する全盲の従業員からのアイデアがきっかけでした。デジタル化されたデータであれば視覚に障がいがあっても仕事への影響はさほどありませんが、紙のデータだった場合には情報の読み取りができないということが発生します。
しかし、この『Seeing AI』であれば、テキストデータの読み取りを含めた8種類の機能を活用する事で、全盲の方でもこれまで日常生活でできないと感じていた色々な場面で「できる」と感じられるようになります。
「Seeing AI 8つの機能」
機能①「短いテキスト」
スマートフォンの画面に映し出された文字を読み上げる
機能②「ドキュメント」
書類などの文章全体を読み上げる
機能③「製品」
バーコードを読み込み、製品情報(品名など)を伝える
機能④「人」
予め登録した家族・友人の顔を認識、写真に写っている人物を伝える
機能⑤「風景」
スマートフォンに映し出された風景を認識して伝える
機能⑥「通貨」
手元にある紙幣を読み上げる
機能⑦「色」
色を識別して音声で伝える
機能⑧「ライト」
部屋の照明の明るさを音の変化で伝える
現在の部署に異動してきた時に、初めて全盲のエンジニアと一緒に仕事をする機会があったのですが、当時その方が音声ガイドを使って業務に就いている姿を見て衝撃を受けました。そのことがきっかけで、ITと障がい者の親和性を強く感じるようになりました。また、アメリカ本社では全盲の従業員が多いのですが、それぞれが不便を感じることなくはたらいています。
国内で『Seeing AI』をリリースしてから1年が経ちましたが、日本人のユーザーの数も増えてきています。当社の広報活動により認知活動を進めてきましたが、最近では視覚障がい者の団体から口コミで広まっているというお話も聞いています。
年齢層も幅広く、高齢者のユーザーの中には『Seeing AI』を使うためにわざわざスマートフォンに切り替えをされた方もいらっしゃったようで、それだけ視覚障がい者の方々に必要とされていることを感じました。
『Seeing AI』の活用事例
視覚障がい者の方たちが『Seeing AI』が備える8つの機能を活用し情報を得る事で、これまでの生活上の様々な場面で感じていた不便を解消することができるようになりました。
例えば、郵便物が届いたとき。
宛先が自分なのか家族なのかを判断することができます。(機能①「短いテキスト」)申込書類や説明書などの長い文章であっても、誰かの手を借りなくても内容を確認することができます。(機能②「ドキュメント」)
また、スーパーマーケットでの買い物の場面でも『Seeing AI』を使うことで、商品のバーコードで製品情報が分かりますし(機能③「バーコード」)、お肉を買う時に牛肉・豚肉・鶏肉の判別もこれまでとは違って容易に知ることができます。
このようなAccessibilityとしての製品開発の時に、当事者の目線が重要になります。
「ライト」という機能の中に照明の明るさを感知し伝えてくれるというものがあります。私自身、その機能は必要なのだろうかと感じたことがあったのですが、実際に『Seeing AI』を使っているユーザーの方からの声に、「「ライト」機能のお陰で、夜に子供を寝かしつける時に部屋の照明を消したかどうかを確認できるようになりました。」というものがあり、当事者にとっては必要な機能が備わっているということを改めて感じさせられました。
また、仕事の場面でも『Seeing AI』は活用されています。以前に『Seeing AI』を業務で使用している視覚障がい者を雇用する企業の人事担当者から問合せをいただきました。その内容というのが、「業務で必要な書類データの読み込みを『Seeing AI』で行っているのですが、セキュリティ面などで問題はないでしょうか。」ということでした。
従来、その企業では書類データをスキャニングし、OCR化した情報をもとに視覚障がい者の方が業務に就いていましたが、『Seeing AI』であればスキャニングの作業手順を簡略化させることができるため、その方が仕事で使用していたようなのです。短文であればオフラインで情報の読み上げが可能で、長文の場合でもオンラインで情報を解析するのですが、データの取り込みは行いませんのでセキュリティ上も問題はありません。そのことをお伝えしたところ、そちらの企業でも安心してご利用いただけるようになりました。
当社では、これらユーザーからの声をもとに製品のアップデートに努めております。新しい機能として、一部の機種での対応となっておりますが「ワールド」という機能になります。
これは、スマートフォンで読み込みをした部屋の中にある家具の名称やドアまでの距離を音声で伝えてくれるというものです。スマートフォンにあるカメラの性能向上により追加されました。(現在、iPhone12 ProおよびPro Maxが対応機種)
『Seeing AI』を通して求める社会
当社では、人材の採用時に学歴や性別などをもとにした判断基準を設けていません。従いまして、障がいのある従業員についても「障がい者のための仕事」という考え方も存在しません。その人材の能力を見て、当社として必要な人材を採用しています。
その一方で、アメリカ本社から公表されています「2020年ダイバーシティ&インクルージョンレポート:世界的変化の中で進化を加速させる取り組み」には、従業員の6.1%が何らかの障がいがあるというデータが示している通り、ある一定数の障がい者が存在しています。それは、身体に障がいのある方はもちろん、周囲からは分かりにくい障がい特性の従業員の声にも耳を傾けるように努めています。当然のことですが、我々の組織は、職場で困っている状況にある人材が居たとすれば、障がいの有無に関係なく支援を行うようにしています。
我々はテクノロジーの会社です。当社が持っているテクノロジーを活用して、多様な人たちが抱える悩みや困り事を解決する手助けをしています。『Seeing AI』の他にも『Teams』など多くのサービスを活用していただく事で、世の中の変化にも対応していただくことができます。そうすることで、一人ひとりが持つ可能性を引き出すお手伝いができるのではないだろうかと考えています。
今回の取材にあたり思い出した出来事がありました。それは、10年ほど前になりますが、埼玉県所沢市にあります国立職業リハビリテーションセンターにて開催された企業向けの障がい者雇用のイベントに参加した時です。100名ほどいた参加者の目の前で全盲の職業訓練生が、Excelによるデータの集計業務をデモンストレーションとして披露していただきました。
その方は全盲にもかかわらず、Excelの音声ガイドの声を頼りにひとつの間違いもなく複数あるシートから必要な数値を抜き出して資料を作成されました。その時間僅か15分程度。その方の能力にも驚きましたが、音声ガイドによるナビゲートが視覚の障がいを補えたという技術に希望を感じることができました。大島氏が体験された「ITと障がい者の親和性」なのだと思います。
今後もミルマガジンでは、日本マイクロソフト株式会社の取り組みについてご紹介をしていきたいと思います。
本社:東京都港区港南2-16-3 品川グランドセントラルタワー
URL:https://www.microsoft.com/ja-jp
【視覚障碍者向けトーキングカメラアプリ「Seeing AI」】
URL:https://www.microsoft.com/ja-jp/ai/seeing-ai
【参考:視覚障碍者向けトーキングカメラ アプリ: Story with Seeing AI | 日本マイクロソフト】
URL:https://www.youtube.com/watch?v=-mvffQoh6QU