書籍:「良かったこと探し」から始めるアクセシブル社会

『共用品』とは、
障がい者や高齢者が日常生活で感じる不便や困りごとを使いやすく配慮する考えから設計・デザインされた製品やサービスのことですが、結果的には誰にとっても使いやすくなったことで今では当たり前のように皆さんの身の回りに存在しています。ご存知の方も多いと思いますが、下記がその一例です。

シャンプーとリンスの見分け方

→視覚障がいのある人がシャンプーとリンスを間違えないように、シャンプーボトル側面にギザギザのデザインを入れることにより手で触って見分けることができる。

最初は1社から始まった取り組みが、今では国内で販売されるシャンプーボトルのほとんどに採用。
視覚に障がいのある人に限らず、誰もが入浴時に目が開けづらい状況で見分けることができる。

※JIS包装ーアクセシブルデザイン-一般要求事項S0021付属書C(参考)アクセシブルデザイン包装事例

アルコール飲料とその他飲料の見分け方

→上面に点字で「おさけ」と表記されている飲料はアルコール飲料と判別。
一見してアルコール飲料かどうかわからないデザインであっても上面で判断ができる。
他にも、牛乳パックの注ぎ口の反対側にある半円の切り込み、電卓の「5」にある凸など、身近なところに共用品があります。

一般的に職場では、色々なことが平均点以上にできる人材(ゼネラリスト)を求める傾向にあります。一方で障がいのある人材には、「できることとできないこと」「得意と不得意」のラインが明確に分けられていることが多く、そのため会社側が求める業務範囲に対して限定的になってしまうため、一般的な評価として低く評価されることが少なくありません。

また、令和6年4月と令和8年7月からそれぞれ法定雇用率が引き上げられることが決まりました。他にも障がい者雇用に関連した複数の法律が来年度以降に施行されます。
当然のことですが、雇用義務のある企業が法令を遵守することになれば職場で働く障がい者が増え、自分が同僚として障がい者と一緒に勤務する機会も増えることになります。しかし、法定雇用率の引き上げに伴い障がい者の雇用義務のある企業の母数は増えますが、障がい者の数は変わりません。それに加えて少子高齢化が進んでいる現在は労働者不足に悩む中小企業が多い中、それらを解消するために障がい者の労働力を求めて採用が増えていくことになれば今以上に採用競争が激しい時代になります。

様々な理由が重なり、各企業における障がい者雇用が進むことで、採用のターゲットは障がいの特性が強い人材へと移行し、そういった方達も戦力化させることが事業主に求められます。これは、個々の人材が必要とする配慮について、会社側の理解がこれまで以上に必要とされ、適切な対応と合理的配慮の提供が必須の考え方だと言えます。同時に法定雇用率の達成の次にある障がい者雇用を目指すことを意味します。

現状の障がい者雇用は「法定雇用率の達成」を主目的とした取り組みが多かったように思います。
就職したい障がい者の中には「企業に就職する」ことが大きな目標となり、雇用条件や仕事内容、職場環境については妥協する方も少なくなかったでしょう。しかしこれからの時代は、障がい者求人が増えることから障がいのある求職者・転職希望者にとっては選択肢が増えることになります。企業が選ばれる時代となります。

雇用条件であれば、正社員登用や障がい者にも教育・成長の場が設けられていることが考えられます。仕事内容については基幹業務であったり、なるべく強み・特性を活かすことができる業務に就くことができるなど、障がい者を繋ぎ止めておく上でも働く環境の整備について、組織の考え方が改めて問われる時代になってきました。
働く環境の整備については「障がいのことを知る」ことで実現が可能だと考えます。

今回ご紹介する『「良かったこと探し」から始めるアクセシブル社会』では共用品が生まれた経緯や開発のポイントについて解説されています。共用品は障がい者の困りごとを解消するためが起点としながら、結果として誰にとっても使いやすく困りごとの解消につながることがわかります。
この部分は障がい者雇用にも大きくつながる点だと感じています。これからの障がい者雇用には合理的配慮が不可欠なポイントになります。合理的配慮の提供は仕事をこなすため、安心して勤務するために個々の障がい者が職場に求める配慮ですが、結果的には従業員にとって働きやすい職場環境の形成に繋げることができるからです。

障がい者の視点に立つということは障がいを理解することですが、企業の人事担当者から「障がいの理解が難しい」と聞きます。確かに、最初から発達障がい者の視点に立ったりすることは難しいです。でも、普段の生活で障がい者が日常的に感じる困りごとや不便を体感することができます。

【例】

  • 上肢障がい

・ペットボトルを片手で開けてみる
・トイレットペーパーを片手で切ってみる
・紐を片手で結んでみる         など

  • 視覚障がい

・目を閉じて届いた郵便物の内容を確認してみる
・目を閉じてトイレに行ってみる
・目を閉じてパン屋さんでパンを購入してみる    など


障がいがあるからといって周囲が諦めるのは簡単です。しかし本人の視点に立つことで考えが180°変わります。障がい者の視点に立ち、困りごとをひとつずつ解消する働きかけが組織全体へと波及することで従業員全体にとって働きやすい組織へと変化します。
取り組み方は組織によっていろいろだと思いますが、本著では障がい者自身が体験した「良かったこと」を集め、共有する過程が記載されています。「良かったこと」とは障がい者が日常の場面で自分が経験した親切な対応です。職場であった「良かったこと」を会社内で共有することで合理的配慮の理解を進めることができます。

他にも、本著では共用品の開発を通じて誰もが暮らしやすい世の中作りについてのヒントが掲載されています。もし、組織内への障がい者理解を進めたい人事担当者や経営者にご一読していただきたい書籍となっています。


著 書:「良かったこと探し」から始めるアクセシブル社会
障がいのある人の日常からヒントを探る
著 者:星川安之(ほしかわ・やすゆき)
1957年東京生まれ。1980年トミー工業株式会社(株式会社タカラトミー)入社。障がい児の玩具、共遊玩具を開発。市民団体E&Cプロジェクトを経て、1999年財団法人共用品推進機構設立。
現在公益財団法人共用品推進機構専務理事、2002年より社会福祉法人日本点字図書館評議員。2010年より一般財団法人日本規格協会評議員。
著書に『供用品という思想』『障がい者とともに働く』(共に岩波書店)等がある。
発行所:株式会社小学館
東京都千代田区一ツ橋2-3-1

ABOUTこの記事をかいた人

[障害者雇用コンサルタント]
雇用義務のある企業向けに障害者雇用サポートを提供し、障害者の雇用定着に必要な環境整備・人事向け採用コーディネート・助成金相談、また障害者人材を活かした事業に関するアドバイスを実施。障害者雇用メリットの最大化を提案。その他、船井総研とコラボした勉強会・見学会の開催や助成金講座の講師やコラム執筆など、障害者雇用の普及に精力的に取り組んでいる。

▼アドバイス実施先(一部抜粋)
・opzt株式会社・川崎重工業株式会社・株式会社神戸製鋼所・沢井製薬株式会社・株式会社セイデン・日本開発株式会社・日本電産株式会社・株式会社ティーエルエス・パナソニック株式会社・大阪富士工業株式会社・株式会社船井総合研究所・株式会社リビングプラットフォーム