取材レポート:自身の経験を通して起業『牧野友季氏』(後編)

前編からの続き

◆障がいがあっても社会に身を置くことから逃げない

《話・牧野氏》

夜間学校を卒業後、改めて大学進学を目指すかどうかを悩んだ末に自立訓練事業所での訓練を経て、障がい者就労継続支援A型事業所に通所することに決めました。そこでの経験はこれまで思っていた福祉の姿との大きなギャップを感じるものでした。
また、家庭の事情もあり、ショートステイなど日常生活を施設で過ごす経験もしました。当然、介助者には介助を受ける人の性別がしっかりと考慮されるのだと想像していたのですが、実際はそうではありませんでした。私の場合は年齢に近い“異性”が担当者として配置されることになりました。着替えや入浴といった生活の場面によっては同性の方が介助を受ける本人にとって安心できるという気持ちは配慮されないのだと感じる経験でした。

また、A型事業所からは「施設にとって都合の良い障がい者でありなさい」と言われたことが今でも忘れられません。当初はそのことを理解できなかったのですが、通い続ける中で施設側から言われたことに「はい」と答えて従順になることだと認識しました。その時から福祉の世界には我々には見えていない問題が存在するのだと分かりました。「福祉だから障がい者は必ず守ってもらえる」という自分の考え方を改める経験であり、私の居場所は福祉ではないと気づくことになりました。

◆起業への道のり

福祉での生活に区切りをつけ、一般企業への就職を目指しました。しかしその時に感じたのは「企業にとって都合の良い障がい者を雇いたい」ということでした。
たとえ能力があっても介助が必要であったり、多くの配慮が必要であったりする障がい者は雇いたくないという企業担当者の本音を感じたからです。

それならば自分で働く場所を自分で作ろうと考え、起業を学ぶことができる大学である「iU大学」と出会うことができました。入学当初はひとりではなく誰かと一緒に起業をしたいと考えつつ、大学では起業を目指す学生にメンターが配置され、ビジネスアイデアを一から考えるプログラムに参加しました。プログラムでは自分のこれまでの経験をもとに具体的な目標へ形作っていくことになりました。進めていく中、ある時の面談時にメンターから「あなたは我慢に関してはピカイチだと思う。しかし、ずっと我慢したままこの先も生きていくつもり?」と聞かれました。続けて「我慢ではなくどのようにすれば楽しく生きていくことができるのかを考えてみては?」と言われた時にハッと気づくのに合わせて大泣きをしてしまいました。

メンターから指摘を受けるまで「自分の人生を楽しくする」ということを考えたことがなかったからです。よくよく考えてみると「我慢がピカイチ」な人生なんて全然嬉しくない。これまでの人生は選択肢を絞った生活でした。iU大学への入学もそのひとつだったように思います。メンターからの問いかけは私にとって改めてこれからの自分の人生について真剣に考えるきっかけとなりました。

◆起業「自己実現を諦めない世界を実現する」

大学3年である2024年2月に同期生の仲間たちと一緒に「株式会社StyleCraft」を起業しました。
現在は、身体障がい者の洋服選びに関するサービスの開発を行っています。障がい者は日常生活の中で、当事者でなければ気づきにくい我慢をしています。私自身が車いすユーザーということもあり、これまでは「かわいい!この洋服を着たい!」と思っていても脱ぎ着や機能性などを優先したものを選ばないといけませんでした。そのため選択肢の少ない中から我慢して着たくない服を選んでいたのですが、その現実をどうしても変えたくてこの会社を設立しました。

例えば、洋服の着脱に介助が必要な人は、介助してくれる人にとって脱ぎ着がしやすい服を選び、本当はかわいいと思っていても脱ぎ着しにくい服は買えずに我慢していた人は少なくないと思います。こういった我慢は障がい者にとっての洋服選びに限定されたものではなく、就職活動の選択肢でも同様だと感じます。あらゆる場面で選択肢を増やすことで「自己実現を諦めない世界を実現する」を目指したい。これが私のビジョンであり会社のビジョンになっています。

自社製品でしか課題を解決できなかったら、選択肢を増やすことにもすぐに限界がきてしまいます。そうではなく、社会にそのような課題があることが認知され、企画・開発をする段階で様々な困難がある人がいるという視点を取り入れられるようになるという社会を目指しています。といっても、今現在はサービスの開発・資金調達を進めながら、私自身も会社の代表兼エンジニアをやっていますので、企業としてはこれからになります。

また、臨地実務実習という授業でのインターンでは企業と共同で製品の開発を行いました。
インターン先である「フットマーク株式会社」と共同開発した製品は「エプロン」と「レインウェア」の2種類になります。
「エプロン」とは入浴時に着用する入浴着で、介助者に自分の裸を見られたくないという当たり前の気持ちから始まりました。たとえ家族であっても自分の裸は見せたくありません。また介助する側にとっても裸を見ないように配慮された製品であれば心理的にも楽になります。そういったことを考え、脇の部分が大きく開いたシンプルなデザインですが、介助する側とされる側の双方の気持ちを汲んだ製品となっています。

もうひとつの「レインウェア」は、もともと私が使用していた車いすユーザー向けのレインウェアが、お世辞にも使いたいと思えるデザインではなかった上に、脱ぎ着する際の手間が大きな課題となっていました。また裾が風に煽られると視界が遮られてしまうなど、場面によっては危険な状態にもなりえます。そこで、かわいさと機能性を組み合わせたデザインを取り入れました。ファスナーを後ろ側に配置することで介助者が濡れずに脱がすことができる、車いすに固定できるスナップボタンにより強風時も裾が煽られないといった機能に加えて、レインウェアの膝下部分を透明にすることで着用時も太ももあたりで操作するスマートフォンの画面が見られるようにするなど、ふたつの製品開発には私自身の経験した困りごと・不便さを解消したいが詰め込まれたものとなっています。

◆将来の夢について

難しい質問ですね。今のところは私と会社のビジョンである「自己実現を諦めない世界を実現する」を目指すことです。このことは自分のまわりを変えるだけでなく世の中を変えたいと思っています。
過去に私自身が『人と違う』ことに対して「心細く」「寂しい気持ち」にありました。『人と違う』のは決して悪いことではありませんが、時にはマイナスに感じることもあります。しかし、それでも社会で生きていくことを諦める必要はないと感じています。そのことを私の活動を通じてひとりでも多くの方の気づきとなるようなロールモデルになりたいと思っています。

自分の話に耳を傾けてくれる家族や友人がいる居心地のいい世界、明日もこの世界で生きてみようかなと感じられる世の中を作りたいと思います。過去の私は、性格の暗い人間で、「傘がない!もうダメだ!」とパニックになってしまうようなタイプでした。でも今は昔の自分ではありません。それは私がこれまでにたくさんの経験を通して自分が変わろう、世の中を変えようと考えるようになったからだと思います。

今回お会いした牧野氏ですが、とても楽しそうに取材に応じていただいた笑顔が印象的でした。
自身の障がいのために自信を失い、我慢をすることで自分を押し殺していた人生を変えたのは「違いを受け入れる」環境でした。その気づきを得た経験は同氏に「自己実現を諦めない世界を実現する」という素晴らしい役割を与えました。牧野氏の活動は多くの人に勇気を沸き立たせるのではないかと感じました。

ミルマガジンでは今後も牧野氏の活動を応援します。



ABOUTこの記事をかいた人

[障害者雇用コンサルタント]
雇用義務のある企業向けに障害者雇用サポートを提供し、障害者の雇用定着に必要な環境整備・人事向け採用コーディネート・助成金相談、また障害者人材を活かした事業に関するアドバイスを実施。障害者雇用メリットの最大化を提案。その他、船井総研とコラボした勉強会・見学会の開催や助成金講座の講師やコラム執筆など、障害者雇用の普及に精力的に取り組んでいる。

▼アドバイス実施先(一部抜粋)
・opzt株式会社・川崎重工業株式会社・株式会社神戸製鋼所・沢井製薬株式会社・株式会社セイデン・日本開発株式会社・日本電産株式会社・株式会社ティーエルエス・パナソニック株式会社・大阪富士工業株式会社・株式会社船井総合研究所・株式会社リビングプラットフォーム