2021年12月に厚生労働省から「令和3年障害者雇用状況の集計結果」が公表され、当ミルマガジンでも集計結果についてコラムを掲載しました。
我が国が法律で定めた障がい者法定雇用率2.3%を満たすよう義務付けられているのは従業員数が43.5人以上となる企業になります。裏を返せば、従業員数が43.5人に満たない規模の企業は障がい者を雇用する義務がありません。そのため、従業員数が43.5人未満の企業が雇用する障がい者の数がどの程度になるのかは統計として取られていません。しかし実際には雇用義務がない企業でも障がい者の雇用を実践しているところがあります。
今回ミルマガジンでは、障がい者雇用を義務ではなく、仕事を通じて人として当たり前の生活を送ることを実現させたいという強い信念を原動力に取り組まれている『株式会社 新・栄』が実践する障がい者雇用を取材してきました。
詳しくお話しを聞かせていただいたのは、同社の代表取締役 織田和男氏とチーフマネージャーでグループ会社の株式会社グリーンハート・インターナショナルの代表取締役 廣川豊美氏になります。
障がい者雇用を始めたきっかけを教えてください
《話・織田氏、廣川氏》
私ども会社では約10年前に自宅や事務所で利用する、サーバー(給水給湯装置・12L入)のミネラルウォーターを製造販売していました。当時は、従業員が製造していたのですが、人手不足が生じておりパートタイマーの求人募集のチラシを配布していました。そのチラシを社会福祉法人で勤務していた知人が見て「それなら我々の施設に通所する障がい者にその仕事をさせてみたら?」と話をいただき、先ずは実習からスタートさせたことがきっかけでした。
初めて実習で受け入れたのは50代の精神疾患のある方でした。手探り状態ながらもなんとか実習期間が終了する頃、いよいよ採用をしようと思っていたところご本人から辞退の申し入れがあり、初めての実習からの採用は失敗に終わりました。
そこで諦めていたら、現在の姿になっていなかったと思います。
この経験から、色々な障がい特性の方を実習で受け入れたいと二人で話、本格的な取り組みとして進めていくことになりました。最初は障がい特性のこともよくわからなかったため、多くの障がい者就労支援事業所に声を掛けて、見学にも足を運びました。
障がい者の実習受け入れを通じて初めて気づくこともありました。就労継続支援B型事業所に通所していたAさんが当社に実習できてくれた時、その事業所ではAさんの支援に困り、邪魔な存在になっていたようなのですが、我々のところで仕事をするうちにみるみると変化が見られ、十分に戦力として活躍できるのではないかと感じられるようになりました。
人ははたらくことで成長し、変わることができるということを強く感じたときでした。
現在では、精神障がい者が3名、知的身体重複障がい者が1名、鬱経験者2名が勤務しています。それと障がい者ではありませんが、ひきこもりが1名、重度の障がいのある娘さんを持つお母さんが1名も勤務しています。
当社での正社員登用は自分から手を挙げるまで待つようにしています。こちらから無理強いせず、自分が正社員としてはたらくのに十分だという判断を優先させています。そのため、最初に雇用した障がい者は正社員になりたいと手を挙げるまで10年掛かりました。
これまでの実績や事例、エピソードがあれば教えてください
障がい者雇用に関連した活動のひとつとして主に実習受け入れを実施しています。
ここで私どもの特徴のひとつとして、実習時に本人に対して仕事の指導をするのは鬱経験者、障がい者(知的身体重複、精神、緘黙)の人たちになります。これは我々がこれまでの経験を通して感じたことなのですが「障がい者が障がい者に仕事を教える方が丁寧で理解も進む」ということです。当事者のことは当事者が良く分かっているのだと思います。
現在は、コロナ禍のため以前よりも実習の受け入れが減っていますが、本人さえよければなるべく来ていただくように準備をしています。
元々人手不足なところから始まった障がい者雇用ですが、我々も実習や雇用を通じてたくさんのことを学びました。例えば、障がい者の食生活は一般の人と比べてかなり偏りがあったり、しっかりとした食事を摂ることが健康な体を作ることになるという知識がないと感じることがありました。ある人は会社での毎日の昼食に油で浸しただけのキャベツを持参して食べていたり、食事自体をまともに摂らない人などが見られました。当社は食事や栄養の管理に携わった事業をしていますので「このままではダメだ」と思い、昼食は会社から出すようにしました。そうすると、1食ではありますがしっかりとした食事を摂ることで障がい者の生活の質が変わることを感じました。
こういったことは座学や施設の見学だけでは経験できません。
我々はこれまでに多くの失敗と挫折を経験してきました。
実習を通じて、障がい者本人がどのような環境で生活をしてきて、どのような悩みを抱えているのかを感じ取ることが大切です。中には教育やしつけを知らずに生活をしてきた人も少なくありませんので、雇用した企業の責任としてはたらいてもらいながら生活に必要な教育を実施するようにしています。
そうすることで、大企業では受け入れが難しい障がい者を雇用できるようになってきました。次は彼らが納税者になれるような人材教育に目を向けていきたいと思っています。
障がい者雇用を通じて感じる課題とこれから目指す未来について教えてください
課題につきましては、今まで国や地方自治体は障がい者法定雇用率(数値)を把握し管理してきました。今後は障がい者実雇用数の把握が出来ていない中小零細企業も含め社会全体で障がい者雇用に取り組まないと障がい特性に合わせた職業選択が出来なくなると考えています。
これは、障がい者も健常者も同じように得意不得意分野が有りますし、多様な企業規模やあらゆる職種の職場が参加し、障がい者の働く場所を広げ多くの職場や職種を提供し、障がい者の職業選択の幅を広げていくようになれば、納税者が増え国や地方の負担を減らすと共に、今後起こりうる働き手の不足問題も補い、障がい者も企業も含め社会や地域がより良くなる時代になるのではないでしょうか。
目指したい将来についてですが、中小零細企業は人材獲得に対しての力量が大中企業に比べ非常に脆弱であるため、人口減少に伴う今後の人材獲得は並大抵の努力では追いつかないと考えられます。しかし中小零細企業の地域での存在は密着度で考えると非常に強みを持つことも事実であると感じます。
町内会行事の清掃などに参加していると、自然に人脈が出来て地域の人たちに馴染むという強みを醸成しています。また地域の若者や障がい者、ニートなど多様な人材がそれぞれの個性に合わせ協業出来る仕組みが社内にあればどうでしょう。誰もが働ける仕組作りを可能にした中小零細企業だけが、未来に存続出来る切符の一枚を手に握れる可能性は十分にあると感じます。
今後の社会変化を見据え、障がい者雇用の骨幹となる「共に働き共に栄える」仕組みを考え、いち早くその体制を作りあげる企業が増えることを願っています。
今回、織田氏と廣川氏から聞かせていただいた『株式会社新・栄』が取り組む障がい者雇用からは、雇用義務のある企業が実践する障がい者雇用とは違った強い使命感と社会が持つ責任を感じました。
障がい者法定雇用率はあくまでも障がい者雇用を実現させるための指針であって、達成しているから大丈夫ではありません。本来、企業が目指す障がい者雇用の本質というものを改めて考えるきっかけになる取材でした。
ご協力ありがとうございました。
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