「障がい者の雇用が上手くいく方法を教えてください」という相談をよくいただきます。答えは残念ながら「ありません」。
もう少し正確に言いますと、「業種業態、企業文化に関わらず○○のやり方を実施すれば障害者雇用に成功します」といった成功パターンのような雇用方法は存在しませんという意味です。虎の巻のようなものがあれば、もしかすると障がい者の法定雇用率が今よりもいい数字になっているかもしれませんが、そうすると障がい者個々への理解が生まれない「冷たい雇用」になる可能性も考えられます。
企業に障害者雇用を根付かせるために導入をお勧めする方法がいくつかあります。その中で私が障害者雇用のお手伝いをする時には必ず『企業実習』を導入していただくようにしています。障がい者版の「インターン」のようなもので、特例子会社や上手く障害者雇用を実践されている企業の90%以上が導入をしています。
一般的な「インターン」というと、採用が決定した人材が正式に入社する前に企業を知ってもらうための体験をするというのが大きな目的になりますが、障がい者の『企業実習』は他にも導入することで得られるメリットがあります。今回は多くの障害者雇用成功企業がなぜ『企業実習』を導入するのかをご紹介したいと思います。
1.自社従業員の理解を深める
“障害者雇用を企業で根付かせる”ために必要なことのひとつとして、こちらのコラムでは何度もお話をしていることがあります。それは、「従業員の理解と協力」です。採用した障がい者が企業で長く勤めてもらうことが人事担当者の願いのひとつだと思います。その願いをかなえるためには、配属先で一緒に働くことになる同僚従業員の理解と協力が必要不可欠となります。よくよく考えてみると新しく採用した人材は障がい者に限らず職場にいる先輩従業員からの協力がないと長続きしません。障がい者の場合は、協力にプラスして個々の特性と特徴の理解も必要になってきます。
従業員に障がい者のことを理解してもらうための働きかけとして社内研修があります。座学も障がい者理解にとって大事ではありますが、実際に働く姿を見ることで知る理解の方がはるかに大きいです。私も過去に障がい者の『企業実習』を導入した経験がありますが、周囲の理解の深まり方に大きな期待を感じました。初めて実習生に来ていただく時には従業員は不安を強く感じていましたが、想定していたよりも早い段階で障がい者と一緒に働くことの理解をしてもらいました。まさに“百聞は一見に如かず”です。
2.障がい者に対する“耐性”が生まれる
生活環境の中で「障がい者」と関わることがなかった場合、職場という場面において多くの人は拒否反応を示します。精神障がい者・発達障がい者が対象であればより鮮明に抵抗感を表します。すべての拒否反応が「差別」をしているからではなく、“知らない”ことに対する反応です。仕事をするところで障がい者という未知の存在が不安を抱かせる結果です。
『企業実習』は従業員の理解を深めることに大きく影響します。理解が深まることで障がい者に対する知識が生まれます。知識が生まれることで不安が解消されます。目隠しをされて連れていかれた場所が“知らない場所”だと不安を感じますが、そこが“知っている場所”であれば帰る方向が分かるので不安を感じることはありません。『企業実習』というのは、障がい者の知識を得る取組みとなり、それが不安感からの解放へとつながります。「障がい者と一緒に働いても大丈夫なんだ」という安心感を持つことが出来ます。
3.支援機関の企業理解が進む
『企業実習』を実施するには、「就労移行支援事業所」や「特別支援学校」などの支援機関への要請が必要になります。これら支援機関が目指す目的のひとつは「障がい者の自立」であり、そこに通う障がい者たちが次のステップに進んでもらうために必要なスキルや知識を学ぶ場になっています。
今後、就労に関わる支援機関の役割が更に大きくなると感じています。なぜなら、これから予想される法定雇用率の上昇によって、より一層の障害者雇用の実現を求めてきます。その実現を目指すためには精神・発達障がい者の雇用を抜きに考えることは出来ないでしょう。ところが、精神・発達障がい者の雇用に関する知識や経験を多く持つ企業はまだごく少数です。その不足した知識や経験を補う存在として、専門領域となる支援機関の協力がとても重要となってきます。
実は多くの支援機関にとって、企業とのつながりを多く持ちたいと考えているところが多いです。それは上記を実現するためにほかなりません。それならば、企業としては『企業実習』を通じて、必要な人材イメージなどの要望を支援機関と共有。そうすることで支援機関は、更に企業ニーズに適した人材育成や支援を構築していくことでが出来ます。
障がい者『企業実習』についてご理解いただけましたでしょうか。障害者雇用の好循環を実現するためには、越えるべきハードルがいくつもあります。考えるだけではなく行動に移す時がいよいよやってきました。繰り返しになりますが、より良い障害者雇用の実現には“百聞は一見に如かず”です。実感することで得られるメリットは非常に大きいものとなります。成功している企業はそのことを知っているのです。