最近、『ソーシャルビジネス』や『ソーシャルファーム』といったことばを耳にする機会が増えてきました。
『ソーシャル』とは社会という意味ですが、どちらのことばも「社会的な課題」の解決につながる事業のことを指しています。特に『ソーシャルファーム』については、東京都が条例を設けて設立を後押しするほど注目をされています。
ソーシャルファームとは?
『ソーシャルファーム』とは、
- 障がい者および何らかの理由で働きたいのに働くことができない労働市場で不利な立場にある人たちの雇用を創出する目的のためにつくられたビジネスであること。
- 市場が求める商品やサービスを提供することで社会的使命を追求するためのビジネスであること。
- 従業員の多く(目安は30%以上)は、上記①に該当する人たちであること。
- すべての労働者は、生産能力にかかわらず、仕事に応じた市場相場と同等の適切な給料を支払われること。
- すべての労働者の機会均等が保証され、同等の権利および義務を有していること。
とあります。
大切な点は、『ソーシャルファーム』や『ソーシャルビジネス』は、慈善事業ではなく収益を目指す「ビジネス」であるということです。これは、事業が継続性を持って運営をするためであるということと、収益を労働者に分配し豊かな生活を実現させることを示しています。
元々『ソーシャルファーム』は1970年代のイタリアにある精神科病院の患者と職員、地域住民が協力して、社会復帰した後に働くための場所を作ったことが発祥だと言われています。
労働市場で働きたいのに働くことができないのは障がい者だけに限らず、ひとり親・刑務所から社会復帰した人・引きこもり・高齢者・外国人など、たくさんの人が該当します。そういった人たちに支援が行き渡ることで、社会からの孤立を防ぎ、健康な生活を送ることができるようになります。
近年、増えてきている『ソーシャルファーム』という思考は、現在企業の経営者や人事担当者が直面している「課題の解決」や「目指す障がい者の雇用の形」を実現させる上で参考になる点が多いと感じています。一方で、日本では社会課題に対する関心の度合いは決して高くなく、その点では発展途上であり、これから向上していくことを期待したいと思います。
そこで今回は、障がい者を雇用することで個々の強みを活かした仕事を事業化させ、ビジネスへと発展させた福祉事業所の取り組みを紹介している書籍『障がい者だからって、稼ぎがないと思うなよ。』をご紹介します。
ここでは、経営層や人事担当者にこの書籍を手に取っていただきたいと思いますので、自社で取り組む障がい者雇用でメリットになるポイントを3つに分けてご説明します。
①障がいのある労働者でも収益を上げる事業を実現
この書籍で取り上げられている事業所は、どれも一般的な障がい者の福祉事業所とは掛け離れた存在のように感じました。それは、もちろん「障がい者を支援する」という本来の立場を持ちながら、もう一方では仕事を通じて「収益を上げる」というところにもコミットメントしているという点です。
当然、労働力は障がいのある方たちです。
障がい者のはたらく場面では、当人たちよりも周囲の考えや意見を主体としがちであるため、勝手に限界点を設けてしまったり、まわりができるできないを判断してしまう事業所が少なくありません。そのために「障がい者の労働 = お金を稼ぐ」ということがあまり強くイメージできず、結果として「障がい者の給与は低賃金」「障がい者の仕事は付随的業務」となってしまい、積極的な障がい者の雇用事例が生み出されにくい環境下の職場が多いのだと感じます。
周囲で支える方々の努力なくして成果を残す障がい者雇用の実現は考えにくいです。但し、それだけではなく、障がいというものを理解し、個々の障がい者を理解することで適性を活かした仕事の組み立てができてくるのだということをいくつかの事例をもとにご紹介しています。
②障がい者自身が主体性を持って働く職場づくり
「①」に通じる話なのだと思いますが、はたらく人が主体性を持って勤務する職場というのは、経営者や現場を管理するマネージャーにとっては理想の人材像ではないでしょうか。
我々の思い込みの中では、「障がい者が主体性を持ってはたらく」ということが強くイメージしにくいと思います。
しかし、この書籍で取り上げられている事業所やそこではたらく障がい者の方たちを知ることでその思い込みは期待以上に裏切られます。障がい者にはそれぞれ違った特徴があるため、得意や不得意・できることとできないことも一人ひとり違います。「障がい者だから〇〇の仕事」というように一括りで考えてしまうのではなく、その人の「得意・できること」から導き出した適性業務の見極めが周囲に求められます。
書籍内では、「繊細さを求められる仕事」「気配りを求められる仕事」「正確性を求められる仕事」など、高度な技術を必要とする仕事に就く障がい者も紹介されています。
そこには、障がい者であっても主体的な姿勢がないと務まらないという空気があります。
「障がい者だから過保護」になりがちですが、その職場では自立した考え方がないと働けないという雰囲気を感じ取れるところなのだと思います。おそらく、仕事を通して「厳しさ」を学び、自分を成長させてくれるところなのだと。私は、人の成長は組織の成長になり、組織の成長は従業員とその家族の豊かな生活につながると思っています。そのような組織は、障がいの有無に関係なく強い人材・強い組織が生まれる場所なのでしょう。
③あきらめない「発想力・行動力」が実現させるカギ
ここで紹介されている事業所のすべてが、日本を代表してもおかしくないほどに実績を上げた福祉事業所である一方、順風満帆でこのような実績を上げてきたわけではありません。
そこには、障がい者のはたらく仕事で事業を成功させるということを目標に、経験した苦労と努力だけではなく、「発想力と行動力」があったからだと感じました。
例えば、本文に「障がい者×アート」の事業化を目指した福祉事業所の事例があります。活動を始めた当時「スイスにアール・ブリュット(フランス語で加工されていない芸術)を専門にした美術館がある」と聞いた責任者が、考えるよりも先に現地に飛んだという話が出てくるのですが、障がい者雇用の世界ではそういった行動力が必要だと感じることがあります。
新しいことや未知なることにチャレンジする際、「前例がない」ということばで推進する力を邪魔する場面に遭遇したことが少なくありません。おそらく、障がい者雇用を進めるときに「前例」を求め過ぎてしまっては形にすることが非常に難しいのではないでしょうか。
発想力・行動力を信じて取り組む姿勢も時には必要だということを証明してくれています。
上記「①」のところで「障がい者の労働 = お金を稼ぐ」というワードについて、「あまり強くイメージできない」というお話をしました。もうひとつ「障がい者の労働 = お金を稼ぐ」というワードで感じるのは、「ネガティブなイメージ」です。
「障がい者でお金を稼ぐなんて非常識だ」と考える方も少なくないのではないでしょうか。確かに分かる気もしますが、障がい者のはたらく機会を奪ってしまいかねない印象も受けます。
「障がい者の労働 = お金を稼ぐ」という考え方ですが、私は正しいことだと思っています。障がい者の労働力で稼いだ収益は、「事業の継続」「障がい者の自立した生活の実現」、そしてなにより「障がい者本人が仕事を通じて誇りを持つ」ことができるようになると思います。
やはりその場合、障がい者がはたらいている中身(質)で判断したいと考えます。
著 者:姫路まさのり(ひめじ・まさのり)
1980年三重県尾鷲市生まれ。放送芸術学院専門学校を経て放送作家。「ちちんぷいぷい」「AbemaPrime」などを担当。ライターとして朝日新聞夕刊「味な人」などの連載を担当。HIV/AIDS、引きこもりなどの啓発キャンペーンに携わる。著書に『ダウン症って不幸ですか?』(宝島社)。
発行所:株式会社新潮社 東京都新宿区矢来町71