私は前職にて人材会社に所属し、障がいを持つ人材を企業に紹介するというビジネスに携わっていました。その頃から2018年4月に施行されました「精神障がい者の雇用義務化」により、今後の企業に対する影響というものを考えた時に強い関心と不安を抱いた結果として現在の日本障害者雇用総合研究所を設立することになりました。
ご存知のように「精神障がい者の雇用義務化」というのは、決して精神障がい者手帳を取得している人材を一定数雇用しないといけないという法律ではありません。しかしながら、現在の障害者雇用の状況から見ても精神障がい者・発達障がい者の雇用の枠組み作りが社内に構築されているかどうかでこれから先の障害者雇用で実現される結果には大きな違いが生まれてくるでしょう。
厚生労働省から毎年発表されている「障がい者の職業紹介状況等」によると身体・知的・精神障がいのそれぞれの特性別に見た就職件数は、ここ数年精神障がい者の数が身体・知的障がい者に比べて大きく伸びています。(平成29年では身体障がい者が26,756件、知的障がい者が20,987件、精神障がい者が45,064件、その他の障がい者が5,007件)
https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11704000-Shokugyouanteikyokukoureishougaikoyoutaisakubu-shougaishakoyoutaisakuka/0000208520.pdf
現在の企業の障がい者求人ターゲットは精神障がい者がメインとなっている
企業や人事担当者の本心としては障がい者の新規採用をするなら「身体障がい者」というところなのでしょうが、実際は求人に対する募集も精神障がい者・発達障がい者が多くなっており、雇用自体も精神障がい者が企業に雇用される数も年々増加の一途をたどっています。目先だけで考えるのではなく将来を見据えた障害者雇用を確立するためには、求職者数の多い精神障がい者・発達障がい者の中から適性な人材を採用し、職場定着に向けた取り組みを実践する方が現実路線といえます。(個人的には障がい者の職場定着の後押しとなる助成金制度など、企業がメリットと感じるような制度も増やしてほしいと思います)
その一方で、企業と障がい者の間に発生する問題も増加傾向にあります。以前から強く感じていることなのですが、障害者雇用を進める上で企業や人事担当者が必要とする情報の量と質というのが圧倒的に足りていないという点です。現在の企業の関心事として大きくなってきている障害者雇用について、取り組みを成果に結びつけるためには情報の量と質や経験値の差というのは非常に重要な部分になると考えます。
情報の量と質については『障がい理解』の点と大きな関連性があります。現状の障がい者に対する理解というのは、正しくない知識や間違った思い込みが多く、それらが企業の障害者雇用を阻害・邪魔しているように感じてしまいます。この点を修正しない限り、法定雇用率の未達成や納付金(罰金)の支払いから脱することは非常に困難だといえます。
『障がい理解』が進んでいない状態で雇用に取り組むと失敗を経験してしまう理由
① ひとめで分かりづらい障がい者が求人対象の時代
先ほどもいいました様に、企業の求人ターゲットは身体障がい者から精神障がい者・発達障がい者へと移行が進んできました。その結果として雇用の実数も精神障がい者が全障がい特性の中で最も就職数の多い障がい者となりました。併せて、企業の求められる部分も大きく変化してきました。例えば、バリアフリーといえばスロープや障がい者用トイレの設置のように「ハード面」が主となっていたのが、これからは周囲の理解や知識などの「ソフト面」によるバリアフリーの実現が必須となってきます。想像していただけると思いますが、身体障がい者のように比較的周囲の理解が容易な障がいと違い、精神障がい者・発達障がい者は個々の特性や特徴に違いが大きく見られるため、例えば『「双極性障がい」だから「〇〇な配慮」をすれば大丈夫だよね』が通じない雇用が主流となっていることを知っておいてください。
② 担当者だけが知っていても上手くいかない時代
語弊を恐れずに申しますが、障がい者求人の主流が身体障がい者だった頃、採用担当である人事担当者から配属先の管理者や同僚への情報共有というのは、おそらくですが簡単に済まされる程度の内容だったのではないでしょうか。これは、身体障がい者の特性が周囲にとっては認識しやすいことが理由で、よっぽど本人からの申し出がない限りは、「上肢障がい者であれば荷物を運ぶような業務はさせない」「聴覚障がい者であれば手話や筆談でコミュニケーションを取る」といった敢えて詳細に伝えなくても“理解しているだろう”を前提に障がい者を配属していたからだと考えます。
それが、今であれば精神障がい者・発達障がい者が雇用対象の主流と考えることが現実的ですので、本人からの了解を得ることを大前提として「障がい特性による個々の特徴」を職場と共有することをお願いします。私が対応する場合であれば、実習や配属する1週間ほど前のタイミングで職場や同僚の方々向けに「本人がどのような配慮を必要としているのか」「疲れていると感じた時の接し方」などを知っていただくための研修を実施いたします。研修を実施することで、障がい者本人だけではなく周囲で一緒に働く従業員の方々のストレスや不安を軽減させることができます。
あと、くれぐれも配属先の管理者や従業員に任せっきりにはしないでください。就業後も人事担当者とのパイプラインを持ち、常に情報共有した状態にしておいてください。
③ 従来の働き方を見直す時代
私も以前までは「障がい者であっても他の従業員と同様に会社に出勤して働くことが大事」と考えていたひとりでした。そうでないと、「障がい者を雇用しているが実際は職場から排除している」というイメージを持ってしまいますし、私もそう思っていました。しかし、障がい者の声を聞いていくうちに、在宅勤務のように会社に出勤せずに働くことを希望する方たちが一定数存在することを知りました。理由は「通勤が不便」「不特定多数の人がいる場所がストレス」「家を出ることができない」など、障がいの特性が原因としてあるため本心とは違ったところで苦しんでいらっしゃる方は少なくありません。
これらの解決にはテレワークの導入やサテライトの活用により、働きたいけれども出勤できない障がい者を雇用することができます。また、地方には就職する先が少ないために能力を発揮できない障がい者も多く眠っており、一部の企業ではそういった人材の採用を積極的に始めています。
他にも、先日発表がありました「短時間労働(週20時間未満)」による障害者雇用も検討してみてはどうでしょうか。短時間となりますので法定雇用率には反映されませんが、障がい者の中には雇用当初は短時間からスタートしてほしい人材がたくさんいますし、助成金などの制度の検討されるようで企業にとっては案外メリットになる点もあると考えます。また、人材の囲い込みという意味でも、6ヶ月後・1年後のフルタイム勤務を念頭に、先ずは短時間労働による障害者雇用から始めてみるのもひとつだと思います。