学校嫌いで、休みまくっていた僕が不登校にならなかった理由

こんにちは!
高校生の卒業式は目が覚めたら閉幕していて、大学の卒業式はいつの間にか終わっていた経験を持つ中村です。

自分で言うのもなんですが、僕は対外的にはまともな人間を演じています。言っていることも至って普通でしょうし、行動に異常性を感じないように体裁を取り繕っています。というよりも、そうしないとまじで闇に落ちるような人生だったというだけかもしれません。

ただ、僕という人間は周りの人が思っているほど真面目でもありませんし、まともでもありません。

その最たる例が学校嫌いで、学校を休みまくっていたという事実でしょう。学校嫌いな人は数多くいると思いますが、学校を休みまくっていたという人はそれほどいないのではないでしょうか?

そんな僕ですが、不登校にはならなかったんですよね。今回は常軌を逸した高校生活を送っていたいながらも、不登校にならなかった理由について書いてみようと思います。

学校が嫌いだった理由


僕が学校を嫌いだった理由は、こんな感じです。

  • 教えてもらうことが苦痛だった
  • 成績だけなら学校に行く必要を感じなかった
  • 教師の言っていることが意味不明だった
  • 行くのが面倒だった
  • 行って得られるものがあるのかわからなかった
  • 教科書を持っていくのが面倒

ありふれているといえばありふれていますが、普通の学校嫌いな人と違うとすれば、勉強するのに学校に行く意味がわからなかったということでしょうか。

自分で言うのもあれですが、僕はそれなりに成績はよかったです。学期末に行われるテストで総合1位を取ったこともありますし、模擬テストでもそれなりの偏差値を叩き出したこともあります。なので、勉強が嫌で学校が嫌いになることはなかったです。

僕の場合は逆だったんです。勉強するだけなら、家でもできるやんって思ってたんですよね。

僕の勉強スタイルは予習とか復習っていう学校や塾を基準としたものではなくて、完全なる独学でした。教科書を読んで、読んで、問題を解いて、教科書を読んで、問題を解いてみたいなサイクルを延々と繰り返すだけでした。

まぁいろいろと理由はあるものの、僕は学校がとにかく嫌いで、いかなくても卒業証書くれるなら行きたくね〜ってガチで思っていました(笑)

高校時代は何日休んでいいのかを計算していた…

こんな学校嫌いな僕ですが、学校を休むときは「あと何日休んでいいのか?」を計算して休んでいました(笑)

学校ってめんどくさいところで、どれだけ成績が良くても、出席数が足りないと卒業させてくれないんですよね。なので、休みすぎないようにしていたわけです。学生の分際で有給休暇制度を導入していたと思っていただければ大丈夫です(大丈夫ではないw)。

有給休暇も使い切ってしまうと、それ以上は休めませんよね。もちろん、休むことはできますが、給料が減ってしまいます。学校もある程度は休めますが、一定以上休むと退学ないしは、留年となります。

学生という分際で、有給休暇制度を導入していた僕はこれまで休んだ日数を把握して、休みすぎないように工夫して休んでいたという次第です。

学校に休む連絡をすれば休むことを許可される家庭だった

「あと何日休んでいいかな?」なんて考えていた僕ですが、親から休むことについて特に何か口出しされたことはありませんでした。

唯一言われていたのは、「学校を休むなら、学校に(休む旨を)連絡するから教えて欲しい」だけでした。

小さい頃から体が弱く、皆勤賞というものとは縁がなかったからなのか、親は僕が学校を休むことは普通のことだと認識していたようです。

ただ、親の言い分も一理あるなーというのは子どもながらに納得していましたし、今でのその教え(休むなら連絡する)は貫いています。

というのも、休むってことは誰かに迷惑をかけるってこともありますが、事情を知らない先生や上司は心配する可能性があるんですよね。なので、休むなら休むと伝えるべきですし、遅刻するなら遅刻すると連絡する。

休むことや遅刻することがダメなことではなくて、休んだり遅刻するなら一報をいれるが僕にとって当たり前になっているのは、親のおかげだなーとつくづく感じます。

学校に行くことを強要しない母親だったからこそ不登校にはならなかった

さて、学校嫌いで休んだ日数を数えてまで学校を休んでいた僕ですが、不思議なことに「もう学校なんて行ってらんねー」って不登校になることはなかったんですよね。

これは今振り返っても不思議です。まぁ大学に進学したかったからって考えれば腑に落ちないこともありませんが、それなら他にも道はありますからね。高校を中退しない理由にはならないですよね。

じゃあ、何が僕を不登校にしなかったのか?と考えると、母親の存在が大きいなーと思います。

僕の母は、学校を休むことを許してくれる人でしたし、学校に行くことを強要するような人でもありませんでした。ただ、休むなら学校に一報はいれなさいというだけの人でした。

なので、もし母が「学校は休んじゃダメ!」「学校に行け!」「なんで学校を休むんだ!」なんて言う人だったら、僕はすぐに不登校になっていたでしょうし、中退していただろうなーと思います。

そう考えると今の僕があるのは、やっぱり母親の存在が大きいなーと思いますし、感謝しないとなーと思っています。

さいごに


道を踏み外す人、道を踏み外さない人って何が違うんだろう?って考えることがあります。

多くの人は道を外した本人に問題があるんだ!って考えるかもしれません。ですが、僕はそうは思いません。もちろん、本人もそれなりに悪いです。

でも、それ以上に周りの影響も大きいんじゃないかって思います。周りのちょっとした一言、ちょっとした行動、振る舞いが与える影響って大きいです。

僕にとって母親の存在が大きかったように、多少道を踏み外しそうになっても、踏みとどまれるのは自分の努力ではなくて、周りの支えによるものなんですよね。

人間って障がいや病気の有無に関係なく弱いです。だからこそ、周りにどんな人がいるのか?ってことが大切なんじゃないかって思います。

ABOUTこの記事をかいた人

中村 祐基 (大手電機メーカー勤務)

就労移行支援を経て、大手電機メーカーに障害者として就職。診断名はADHD(注意欠陥多動障害)。吃音症と糖尿病も併せ持ちます。集中力のなさと、物忘れが多い半面、情報処理は異常に速い。言ってはいけないことを言ってしまい怒られることもしばしば。ミルマガジンでは、障害者として就職活動をしたこと、就職している実体験について主に書いています。