おすすめ書籍「こんな夜更けにバナナかよ」

障害者雇用の情報を配信する「ミルマガジン」では、これまでいくつかの書籍をご紹介してきましたが、そのほとんどは障害者の採用や雇用にまつわる内容のものでした。

今回、ご紹介する「こんな夜更けにバナナかよ」は、難病である「筋ジストロフィー症」(以下筋ジス)を持つ鹿野靖明氏がボランティアの力を借りて自立生活していく様子が描かれています。鹿野氏とボランティアとの関係を読み進めていくと重度障害者に対する従来から持つイメージを大きく覆してくれます。そして、私が強く感じたのはこの書籍から、雇用の場面にある「障害者」と「健常者」の関係性を読み解くヒントにつながる部分があるということでした。

ここで、「筋ジストロフィー症」と、よく似た症状のある「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」の簡単な説明をしておきたいと思います。

「筋ジストロフィー症」とは
先天性。主には筋肉組織が破壊と再生を繰り返し、徐々に筋萎縮と筋力低下が進行していく遺伝性筋疾患。運動機能の低下が主な症状ですが、呼吸機能障害、心筋障害、嚥下機能障害、消化管症状、中枢神経障害などさまざまな機能障害や合併症を伴い、疾患ごとに特徴があります。

筋萎縮性側索硬化症(ALS)」とは
後天性。重篤な筋肉の萎縮と筋力低下をきたす神経変性疾患で、運動ニューロン病の一種。手足、のど、舌の筋肉や呼吸に必要な筋肉へ運動するように伝達する神経細胞が壊れ、筋肉に命令が行かなくなることで段々と筋肉が痩せいく病気です。

私はこれまで、障害を持つ方たちとの関りというのは、「就職」や「雇用」といった場面が主だっていましたので、主人公である鹿野氏のような重度の身体障害を持つ方とはそこまで多くお会いすることはありませんでした。

まず、書籍に登場する筋ジスの鹿野氏とボランティアの方々との間で取られる日常のコミュニケーションに驚かされます。鹿野氏は人工呼吸器を使用している状態ですから、痰の吸引がボランティアの手により日常的に行われているのですが、吸引の手つきが悪いと新人ボランティアであっても容赦なく叱責しています。他にも、寝返りも自分では打てませんから、これもボランティアの手を借りることになるのですが、下手なボランティアには「下手くそ」と平気で言います。キツイことを言われて、辞めていく人もいれば、言い返す人や自分なりにその言葉を咀嚼して何かにつなげていく人など様々な方たちが出演しています。鹿野氏とボランティアとして関わった人の数は数百名にのぼります。

ここでは、重度障害者 = 弱者といった概念はありません。重度の障害を持つ鹿野氏は弱者ではあるのですが、弱者だからこそしっかりと自己表現をしていかないと自分を保つことができないという状況に置かれています。筋ジスであるために体の自由が奪われ、生きていくためには他者であるボランティアに身の回りのこと全てを助けてもらわなければなりません。24時間365日完全介護の状態です。家の中には常にボランティアが存在し、他者の目に晒されています。そのような状態を少し想像しただけでも普通でないことはお分かりいただけるのではないでしょうか。本来であれば、隠しておきたい恥ずかしいことやプライベート、欲求などもすべてをボランティアにさらけ出さないと生きていくことができないんです。本文では、鹿野氏の恋愛や性的な描写などもボランティアの目線で語られている場面もあります。

重度の身体障害を持つ方のどれほどの人たちが、鹿野氏のように自分自身を表現できているのかはわかりません。少なくとも、本文から見て取れる鹿野氏は、“自立”ということに強いこだわりを持っていたように見えます。当時では、人工呼吸器をつけた状態で病院を出て自立生活を送るということは考えられなかったようです。でも、鹿野氏は“自立”にこだわった結果、自身のプライベートがない状態での退院を選択されました。でもこれは、周囲の決意や協力がないと実現させることはできなかったでしょう。鹿野氏が呼吸困難により生死をさまよう事態になった結果として人工呼吸器を装着する場面があるのですが、入院生活に対する我慢の限界と自立への渇望から退院しての自立生活を要求します。当然、病院側からの答えは「No」だったのですが、鹿野氏が発する声が周囲を動かします。看護師やボランティアからは次第に“自立”を応援する姿勢が見られます。最終的には全てから同意を得る形で人工呼吸器装着者初の“自立”が実現します。

広義的となりますが、鹿野氏を含め、世の中のマイノリティな存在である障害者は常に自分の生き方を模索しているのではないでしょうか。この世の中は健常者を中心に作られています。その中で、順応して生きていくことのできる障害者もいればその反対もいます。まさに、鹿野氏は後者となり、自分が生きていくために必要な声を上げ続けたのではないでしょうか。

今後、職場で障害者と一緒に働くことが当たり前という時代がもう近くまで来ています。本文に登場するボランティアの1人が当時を思い返す場面があります。その方は鹿野氏の発現や周囲の反応に対して、いちいち感情的に関わるのではなくあくまでも「普通」に徹しようとしていました。鹿野氏のような重度の身体障害者と働くという時代はもっと先の話になると思いますが、障害者と健常者の関係が今よりももっと「普通」な関係になっていることを創造していきたいと思っています。

鹿野氏は2002年にこの世を去っていますので、私は一度もお会いしたことはなく、恥ずかしながらこの書籍を読むまで鹿野氏の存在を知りませんでした。初めての経験でしたが、書籍の終盤に鹿野氏がこの世を去る時の描写があります。ちょうど新幹線で移動をしている時にこの場面を読んでいたのですが、不覚にも涙を流してしまうぐらい、書籍に入り込んでしまっていました。鹿野氏は直接関わった人だけではなく、読者にも強い影響を与える人なんだと感じる一冊でした。

ABOUTこの記事をかいた人

上前 忠司 (イルネス障害者雇用総合研究所代表)

[障害者雇用コンサルタント] 企業向けに障害者雇用サポートを提供し、障害者の雇用定着に必要な環境整備・採用コーディネート、また障害者人材を活用した事業に関するアドバイスを実施。その他、船井総研とコラボした勉強会・見学会の開催やコラム執筆など、障害者雇用の普及に精力的に取り組んでいる。講演のご依頼や雇用に関する相談は、当サイトお問い合わせからお願いします。