「小倉昌男」と聞くと「クロネコヤマトの宅急便」で有名なヤマト運輸株式会社を日本を代表する物流企業に育てた経営者として知られていると思いますが、企業出身で障がい者福祉に一石を投じた人物としても有名で障がい者福祉の世界でその名前を知らない人はいないと表現しても言い過ぎではないぐらい、晩年の人生を障がい者の自立に掛けた人物になります。
以前、あるテレビ番組で小倉昌男氏が障がい者支援活動に尽力した話を取り上げていたのを目にしたことがあり、改めてどのような活動をしていたのかを知りたいと思い、書籍「小倉昌男の福祉革命~障害者「月給1万円」からの脱出~」を手にしました。
現在、本著はなかなか手に入らないようで、色々と探した結果、ようやく中古本で購入することができました。
こちらの書籍は今からちょうど20年前の2001年に発行されていますので、本文から当時の障がい者を取り巻く福祉業界や社会状況を知ることができます。
現在の障がい者福祉や雇用関連と比べた時の違いは、
- 障がい者法定雇用率が1.8%
- 法律改正前だったために障がい者就労支援事業(A・B型事業、就労移行がなかった)
- 法定雇用率達成の割合は大企業の方が低かった(現在は大企業の達成率が最も高い)
といった点が見られました。
たった20年ほど前になりますが、SDG’sやダイバーシティといった言葉も浸透していませんし、障がい者に対する周囲の捉え方も今とは違いましたから、当事者の声や支援が届く範囲はごく限られたところだったのではないかと思います。
また、障がい者を支援する福祉の方々の考え方も今とは違ったものが多かった中、小倉氏が受けた大きなショックをきっかけに障がい者福祉の世界に関わるようになりました。
日本を代表する経営者の目に映った福祉
その当時70歳になる小倉氏は障がい者福祉の活動のためにヤマト運輸の会長職を辞してから財団法人ヤマト福祉財団を設立しました。元々は明確な理由もなかったようなのですが、活動を開始してからいくつかの無認可小規模作業所を訪問した際に体験したことが大きな起点となったようです。
20年前当時、障がい者が小規模作業所に1ヶ月通って受け取れる工賃は約10,000円だったそうです。障がいの特性によって障がい者ができる仕事の範囲が限られてしまうことも少なくありませんので、一般的に考える月給と比較してこの金額が妥当なのかと感じます。この時代の小規模作業所などの福祉施設では『経営』という視点がほとんどなく、障がい者が経済活動に参加するという考えも非常に少なかったようです。
繰り返しになりますが、これは約20年前の話です。
ビジネスや金儲けに対してネガティブなイメージを抱える福祉にも『経営』力を身に着けさせることで、障がい者の生活の質を向上させることができると考えた小倉氏は全国の小規模作業所を対象に「小規模作業所パワーアップセミナー」をスタートさせました。
20年が経った現在、『経営』『ビジネス』視点を持つ福祉事業所が増えてきていると感じます。障がい者の支援には『継続性・持続性』が必要です。そのためには、重要な活動資源のひとつである「資金」を集め、適正な投資を行うことを考えなくてはいけません。ちなみに、全国の就労継続支援B型事業所の平均工賃は約16,000円となっています。
スワンベーカリーの存在
小倉氏は全国の小規模作業所へのセミナーをスタートさせてから、自信も小規模作業所の設立を始めます。小倉氏が目を付けたのはパン屋さん。名称は「スワンベーカリー」と言い、耳にしたこともあると思います。パン屋に目を付けたのは「毎日食べてなくなるもの」。味と価格がお客さんのニーズに合致すれば、作業内容は障がい者でも十分にできる仕事があるため、これまでの作業所で作られていた授産品とは違い、購入側が「欲しい」と感じるものを提供することになりました。
本著で初めて知ったのですが、「スワンベーカリー」は広島にあるタカキベーカリーという企業の協力により、「冷凍パン生地の供給」「製造ノウハウ」「ベーカリー経営」を身に着けることができました。
銀座の1号店を皮切りに、今では全国に約30店舗の「スワンベーカリー」ができ、ベトナムにも進出しています。正に小倉氏が広めようとした『経営』の視点を持つことが福祉事業所にとって必要であることを証明しているのだと思います。
改めて感じることは、福祉と企業が協力関係を築くことで生まれるイノベーションには大きな可能性があるということです。
残念なことに、スワンベーカリー銀座店は入居していたビルの建て替えに伴い、閉店してしまいました。
社会の役割りとバランス
私たちが暮らす社会にはそれぞれに役割があります。
場面によって支える側に立つこともあれば支えられる側に立つこともあります。どちらかと言えば支えられる側に立つことが多い障がい者も、仕事に従事する役割りを与えられることで支える側に立つことができます。
小倉氏が全国の小規模作業所を訪問し、月の工賃が10,000円という現実を知った時に感じたこと。はたらくことでひとから感謝され、人の役に立つことで得られる喜びと人並みの生活を送ってほしいという想いから始まり、今では一般企業に負けていない『経営』視点ある事業を展開する福祉事業所も増えてきました。我々ミルマガジンの取材で訪問した事業所もそのようなところが多いと感じます。
昔の障がい者に対するイメージは「何もできない」「自立なんて無理」「可哀そう」といったものでした。しかし、時代は進み変わります。
私のまわりにはこれまでにはなかったはたらき方で「キャリアアップ」「自分らしい生活」「自立」を実現した障がい者がたくさんいます。
これは、障がい者を受け入れる企業の理解や支援する福祉事業所の存在が活躍できる環境を醸成しているからだと感じます。本来、障がい者の就労支援の場面では企業と福祉が密接な関係性を作り、個々に最適な支援や環境作りが求められているのではないでしょうか。
定価553円+税
著 者:建野友保(たての・ともやす)
1957年6月兵庫県生まれ。関西学院大学文学部卒。広告制作会社のコピーライターを経て、95年フリーライターに。
脳性麻痺をもつ障がい者との関わりから福祉に関心を寄せ始め、ルポ記事を雑誌に執筆。本書が初めての単独自署。
発行者:株式会社小学館
東京都千代田区一ツ橋2-3-1