前回の続きです。
②一般就労への「繋ぎ役」としての再起
A型事業所が今後、社会から真に求められる存在であり続けるためには、今よりも企業から必要とされる存在にならなければならないと感じています。
A型事業所は障がい者にとって「安住の地」ではなく、数年後には一般企業の荒波の中で戦える力を身につけさせるための『最高のトレーニングセンター』であるべきです。これがA型事業所に求められる本来の役割であり、この機能を磨くための支援を国は重点的に提供すべきだと考えます。
そのためには、A型事業所に勤務する職員の役割も更に変わる必要があります。A型事業所に勤務する職員は単なる「支援者」に留まらず、「一般就労を身につけるための専属トレーナー」であり、事業所に仕事を提供する企業や障がい者の採用に取り組む企業「交渉役」としての役割を強く意識してほしいと思います。
それは、企業側のニーズを的確に把握し、自事業所に通う利用者のスキルをビジネスの言語で伝え、どのような配慮があれば自社の戦力になるのかをプレゼンテーションすることも求められます。法定雇用率が引き上げられる今後、企業との接点が爆発的に増える中で、職員にはビジネス実務や交渉術の習得が強く求められることが考えられます。国には、こうした「就労マネジメント」に長けた職員の育成カリキュラムの整備についても講じてもらいたいと思います。
③悪徳なA型事業所の悲劇を繰り返さないために
現行にある制度の隙間を突いた「悪意ある運用」に対しては、真面目にサービスを提供している他のA型事業所のことを考えても毅然とした対策が必要です。昨年大阪を拠点としたとあるA型事業所が関わった事件は、福祉に対するイメージ大きく損なうことになりました。
この事件の本質は、A型事業所から一般企業へ利用者を送り出した際に発生する報酬(加算)を目当てに、利用者を「一般就職」させた形をとって半年後には再び自社事業所へ戻させるという、組織的なスキームにありました。
- 現行制度が抱える構造的な欠陥
なぜ、このような歪んだビジネスが成立してしまったのか。
それは現行制度において、A型事業所が「福祉」と「雇用」の二重の果実を得られる構造になっている点が挙げられます。事業所は、国からの「福祉報酬」で経営の安定を図りながら、同時に利用者を「雇用率のカウント」として企業へ売買するかのような立ち回りが可能になっていました。この「福祉の公金」と「雇用の利権」が癒着した構造が、悪意ある経営者に「障がい者を還付金のための在庫」として扱う隙を与えてしまったのだと考えます。
- 利用者にとっての「残酷な停滞」
この構造的問題がもたらす最大の悲劇は、当事者である利用者のキャリアが弄ばれてしまったことです。
本来、一般就労への移行は利用者にとっての「自立」への大きな一歩であるはずです。しかし、報酬目当ての還流スキームに組み込まれれば、本人の意欲や成長は無視され、制度上の「算定期間」を満たすためだけの時間稼ぎに利用されます。さらに、経営が行き詰まれば突然の大量解雇という形で、彼らの生活基盤は脆くも崩れ去ります。これは支援ではなく、福祉という名を借りた「機会の搾取」に他なりません。
実際に、この一件がもとで当該A型事業所を解雇された利用者が、私の知り合いが経営するA型事業所に面接で来所されました。面接時にその利用者から「当該A型では働かなくても時給1,500円以上もらっていましたので、同じだけの時給が希望です。」と言われたそうです。(※2026年3月時点での大阪の最低賃金1,177円)一度、甘い汁を吸わされてしまった人が通常のレールに戻ることは容易ではありません。この点からも当該A型事業所が引き金となった今回の行為は大きな罪を残しました。
◆そもそも「労働」とは何かを改めて問う

今回の研究会報告書を読み解きながら、私は改めて「労働とは何か」という根源的な問いを自分自身に投げかけています。労働とは、単に賃金を得る手段ではありません。社会に参加し、誰かの役に立ち、自らの存在価値を証明し、自立を目指すための「尊厳」そのものです。障がい者雇用促進制度は、この「尊厳」を守り、支援するために存在するはずです。
雇用率の数合わせのために、彼らを囲い込んでいないか。その問いを常に持ち続けなければなりません。
私は、A型事業所に求める役割を今一度、明確に定義すべき転換点に来ていると考えます。
A型事業所は、「雇用される喜び」と「一般社会へ羽ばたく自信」を育む場所でなければなりません。障がい者雇用促進制度は、彼らが社会の主役になるための「階段」です。その階段が、「隠れ蓑」にならないよう、私たちは制度の原点——「障がいのある人たちにとって、この仕事やはたらき方は幸せなのか」という問い——に立ち返る必要があると思います。








