「センス」という言葉の凶器

「やっぱり、センスって才能だよね」

僕はこの言葉がどうも苦手だ。
以前勤めていた職場での話だが、僕がまだ駆け出しのデザイナーだった頃、初めてこの一言を言われた。
言った側からすれば褒め言葉に違いはないのだろうが、どうにもこうにもスッキリしないモヤモヤが胸の奥に残った記憶がある。
そしてその後も、知人やクライアントの方から度々言われることが増えていったが、最初のうちはこのモヤモヤがなんなのか僕にはずっと分からないでいた。

ある時、名刺を納品後、クライアントの方からこんな一言を貰った。

「営業は努力次第でなんとかできるから誰でもできそうだけど、デザインセンスは持って生まれた才能だし、誰でもできるわけじゃないからすごいよね~」

営業もデザイナーも、全てを敵に回しかねない一言だが、この時に気づいたのだ。
僕らのようなデザイナーは『努力』というプロセスを認識されていないのだと。

「センス」があれば、努力は必要ないのか

Webサイトにしろ、印刷物にしろ、依頼がある度に僕のようなデザイナーは常に頭を抱えている。
「ポップな感じで!」という一言ですら依頼人によってイメージが異なるわけで。
自分のイメージする「ポップ」と他人がイメージする「ポップ」を擦り合わせる作業が必要になるのだ。経験が浅いうちは全く噛み合わないこともよくあった。

6,7年前、「可愛い感じ」という言葉を受け何日にも渡り数パターンものデザインを提示したときのことだ。
クライアントからの一言に僕は衝撃を受けた。

「う~~~~~ん、どれもイメージと違うの。本当はこういう感じがいいの」

見せてもらったサンプルは、まさにパトラッシュとネロが息絶えた場所に飾ってあるような荘厳な絵画。眼前に映ったのはフルちん天使たちが揚々と舞い踊る姿。

「嘘…だろ…?」

あまりにも衝撃的過ぎて、まるで時間が止まったかのような気がしたのを今でもよく覚えている。
あの頃はまだ、僕の中で油絵が「可愛い」という発想はまったくもって無かったのだ。

こんな経験を積みながら、何度も何度も失敗し、クライアントが希望するイメージにすぐに近づけるよう、様々なデザインをリサーチして自分の中の引き出しを少しずつ増やしていく。デザイナーからすれば「センス」という言葉はむしろ憎たらしい言葉ですらあるのかもしれない。「センス」というたった3文字の言葉で簡単に片付けてもらいたくはないのだ。

そもそもセンスというのは大多数の人間は、備わっているものではない


中には極稀に圧倒的な美的感覚で繊細な絵を描いたり、大人を圧倒するような音楽を奏でる子供もいるが、それはほんの一握りだ。
ほとんどの人は皆同じスタートラインに立っている。
その中で、絵を学び、音楽を学び、それぞれの分野を自分なりに習得し成長していくのだ。
もしかすると成長速度のことを『センス』などと呼べるのかもしれないが、生まれ持ったポテンシャルのアドバンテージは然程無いように思う。

たとえ成長速度が早く、飲み込みがスムーズな子がいたとしても「これぐらいで十分」と思えばそれで終わりだし、飲み込みが遅くとも時間をかけて誰も追いつけないほど学習すれば、世間的にその子は「天才」と呼ばれるかもしれない。
世間の評価ってのは結局そんなものだ。

過程を見ずに評価されてしまう


これは「過程を見ない性質」とも言い換えることができて、日本人の多くが持っている性質と言えるが、技術職で商品を売っている僕にとっては割と深刻な問題と繋がっていたりもする。
例えば動画制作だ。

今では言われることは少なくはなったが、趣味でやっていた頃は、
「えーすごーい、めっちゃいいー。今度友達の結婚式があるから、その子のもちょっと作ってよー」
のような形で、「そいつ誰やねん」と切れ味抜群のツッコミを入れたくなる案件を気軽に頼まれることも多かった。

趣味でやっているうちはまだいいが、これが仕事になると相当きつい。
「は?5分の動画でそんなとるの?は?高くない?」と思う人が一定数以上、確実に存在するのだ。
まさにこれが「過程を見ない性質」で、その動画を作るためのアイディア出し、構成、編集、そしてその技術を得るための数年にも及ぶ経験の積み重ね、さらに言えば動画ソフト代や機材の費用、一つの作品を作るだけでも結構なコストがかかっているのだが、そのことが頭から完全に抜け落ちている。

こういった場面と出くわす度に、僕のインターネット検索履歴には「心を無にする方法」というパワーワードが並ぶことになる。このような人たちに対して逐一説明していたらキリがないのだ。

クリエイティブな仕事を頼む場合もそうだが、水道修理などといった様々な技術職に仕事を依頼する場合も、原価や時間だけを見ずに、色々な面でコストがかかっているということを少しでも理解してもらえたらと思う
作品や商品・サービスの質は一朝一夕で上がるわけでもなく、センスだけで上がるものでもないのだ。

話は少し変わるが、僕が以前の職場で新人研修を担当していた時のこと。
担当したその子は、昔からイラストを描くことが好きではあったもののWebデザインの経験は未経験とのことだった。
しかし、研修当初からクオリティの高さが見られ、みるみるうちに成長速度を上げていった。

時間をかけて今の技術を身につけた僕からすると、その子の成長は信じられないものであり、ただただ感嘆する一方だった。
そして最後の研修で彼女から提出された課題を目にした時、僕はこう呟いた。

「やっぱり、センスって才能だよね」

ABOUTこの記事をかいた人

松元 拓也(株式会社OLDROOKIE 代表)

愛知県出身。株式会社OLDROOKIE 代表。先天性の疾患で脊髄性筋萎縮症を患っていたが、あまり身体障害に対する社会の"ハードル"を感じること無く生きてきたため、高校を卒業後、初めて「身体障害者の働く場」の少なさを痛感した。
その後、当時同様の壁に直面し悩んでいた佐藤仙務氏と『株式会社仙拓』を設立した。設立から7年が経過した頃には障害者雇用という部分で社会的にも大きな風穴を開けた。
2018年に仙拓から独立したのち『株式会社OLDROOKIE』を設立し、クリエイティブな分野で活動の幅を広げている。