「自分をさらけ出すこと」が気楽に働くための最適解だった[1/2]

こんにちは!中村です。

気楽に働けるって本当に楽だなって思います。

気楽に働くらくために必要なのは、会社環境や人間関係だけではないんですよね。本当に追い込まれていると、外部要因に求めてしまいますが、気楽に働くために本当に必要なことは自分をさらけ出すことだと思います。

ということで、今回は自分をさらけ出し、気楽に働けるまでの道のりについて書いてみようと思います。

働くことが辛かったのは、自分を偽っていたから

前職は働く環境が悪かったことも去ることながら、僕自信自分を偽り、周りに自分のダメなところを隠すことで、自分の首を締め、自分を苦しめていました。

  • 病気をバレたくない
  • 吃る(どもる)姿を見られたくないから、電話したくない
  • ミスしたくないから積極的にやらない
  • 怒られたくないから挑戦しない
  • やればできるけど、やれなかったら恥ずかしいからやらない

今振り返ると、仕事がうまくいかない理由を会社のせいにして、自己防衛を図っていたんだろうなーと思います。

自己防衛といえば、聞こえはいいかもしれませんが、結局はかっこ悪い自分の姿を晒(さら)したくないがために、自分を偽り、自分の本当の姿を隠していたんですよね。

それですべてが穏便に済めばよかったわけですが、そううまくいかないのが人生というものですね。

自分が変わらなければ、環境が変わっても辛いままだった

前職を辞めたときは「やっとこの苦しい環境から抜け出せる!」と意気揚々としていました。

ですが、本当に苦しいのは離職してからの1年間でした。

僕はこれまでの経験や得てきたスキル、自分のポテンシャルを過信し、一人でもそれなりに食べていける、会社に属さなくてもなんとかやっていけるだろうと思っていました。

まぁ現実はそう甘くはないわけで、会社を辞めて開放感を得るはずが、より自分の首を絞めていました。

というのも、会社を辞めても病気は悪化していくし、次の職も見つからず、かといって一人で稼げるだけの何かを見出すこともできずで、自分ひとりの力で生きていくことが困難になっていったからです。

社会に出るというのは、誰かに依存して生きていくことではありません。ですが、あのころの僕は親に、彼女に依存し、自分一人で生きていくなんてできる状態ではありませんでした。それほどに苦しく、辛い状況に自分を陥れていました。

自分を偽って苦しむのは自分だけじゃないと気づき、変わろうと決意した

会社をやめてからももがき苦しんでいた僕を変えたのは、家族の存在(特に母親)と彼女だったことは間違いありません。

会社をやめ一年間が経ったあるとき、僕はふとこう思いました。

「今のままの生活をしていて、誰が得をするんだろう?」って。

自分を偽って苦しむのが自分だけなら、僕は心を入れ替えなかったでしょうし、仕事に就くこともなかったでしょう。

でも、自分を偽ることで、自分以外の誰かが苦しんでいる姿を見て、僕は「今のままじゃダメだな」って思ったんですよね。自分以外の誰かが苦しむというのは、何も物理的な苦しみではありませんでした。

ただ、どこかで無理をさせてしまっているなって感じたんです。

僕は自分だけが苦しい思いをするのであれば、それなりに我慢できます。病気で苦しい思いもしましたし、受験で上手くいかないなど、苦しい思いは何度もしてきましたから、慣れていたんです。

でも、そんな僕でも誰かが苦しんでいる姿を見るのは辛かったです。それも自分が原因だとなおさらです。

それからは自分を偽ることはやめ、自分に正直に、周りに誠実に生きようと決意しました。そのために必要なのが「自分をさらけ出す」ことだと思ったのです。

「自分をさらけ出そう!」と決めても簡単にはさらけ出せない現実

とまぁ「自分をさらけ出そう!」と決意はしたものの、うまくは行きません。

というよりも、これまで自分を偽り、周りに自分のことを隠していたので、周りに対して自分のことを伝えることがこんなに難しいことだとは思わなかったんです。

また、さらけ出しすぎて相手から引かれてしまうなんてこともあり、このときは完全に空回り状態でした。空回りといっても、自分の中でうまくいっていない感じが強かっただけで、周りからどう見えていたかなんてわかりませんけどね笑

この時期はたしかにうまくいかなかったですが、自分のことを包み隠さずに、なんでもかんでもさらけ出していたおかげで、成長できたこともたしかですし、いろんな経験ができたこともたしかです。

いろいろ学んだ中で一番の教訓になったのは、「なんでもかんでもさらけ出せばいいってことじゃない」ってことでした。

「自分をさらけ出す」とは裸になることではない

自分をさらけ出すことについて、僕は最初裸になることだと思っていました。ようするに、隠し事は一切なしの状態になることだと思っていました。

周りに対して隠し事を一切しないというのは、さらけ出す本人からすれば影響はどうってことはありません。さらけ出すことを恥ずかしいと思うか否かくらいのことですから。

ただ、さらけ出された側はどうかっていうと、ちょっと迷惑だったりするわけです。

というのも、知りたくもないことを知ってしまったり、興味もないようなことを延々と聞かされるわけですからね。人によっては僕のことを「こいつちょっとヤバいやつなんじゃ…」くらいに感じていたかもしれません。

自分をさらけ出すことは、周りとの距離を縮めたり、信頼を築く上で大切なことです。ただ、やりすぎてしまっては周りとの関係を築くことすら難しくなってしまいます。

なので、自分をさらけ出すにしても、程度をわきまえないといけないわけです。

つなぎ(次回へ続く)

今回の記事は、一旦ここまでとさせていただきます。

次回の記事では、自分をさらけ出すことについてもう一度考えてみた話と、自分をさらけ出すことで自分と周りがどのように変化するのか?そして、それが仕事にどんな影響を出すのか?について書いています。

ABOUTこの記事をかいた人

中村 祐基 (大手電機メーカー勤務)

就労移行支援を経て、大手電機メーカーに障害者として就職。診断名はADHD(注意欠陥多動障害)。吃音症と糖尿病も併せ持ちます。集中力のなさと、物忘れが多い半面、情報処理は異常に速い。言ってはいけないことを言ってしまい怒られることもしばしば。ミルマガジンでは、障害者として就職活動をしたこと、就職している実体験について主に書いています。